第10話 『最初のクリスマス』

 冬の夜、星降堂の小さな扉が静かに開いた。


 「こんばんは」


 入ってきたのは、一人の男性だった。肩にコートの雪を払う仕草が、かじかむ指先を物語っている。外の寒さとは対照的に、店内の温かな灯りが彼の顔を柔らかく照らした。


 「いらっしゃいませ」


 私が声をかけると、彼は少し微笑んで店内を見渡した。


 「ここに来るのは初めてです。でも、不思議と懐かしい感じがしますね」


 彼の視線は、並ぶ本の背表紙をゆっくりとたどっていた。


 「何かお探しですか?」


 「……クリスマスプレゼントを」


 彼はそう言って、小さく笑った。


 「特別な人へのプレゼントを探しているんです。でも、何を贈ればいいのか分からなくて」


 私は静かに本棚へ向かい、一冊の本を取り出した。


 「この本はいかがですか?」


 彼が受け取ったのは、少し古びた装丁の短編集だった。


 「……いいですね。じゃあ、これを」


 彼は迷いなく本を手にし、カウンターへと向かった。


 「この店で選んだ本は、その夜、持ち主に『運命の夢』を見せると言われています」


 彼は驚いたように私を見たが、やがて楽しそうに微笑んだ。


 「それなら、いい夢を見られるといいですね」


 ◇◇◇


 翌日、彼は再び店を訪れた。


 「夢を見ました」


 昨日とは違う、どこか温かな光を宿した瞳で、彼はそう言った。


 「どんな夢でしたか?」


 「雪の降る夜、誰かが隣にいました。だけど、顔は見えなくて……ただ、手の温もりだけがはっきりと伝わってきたんです」


 彼はふっと息を吐いた。


 「夢の中で、その人が言いました。『今年は、最初のクリスマスになるね』って」


 「最初の……?」


 「ええ。ずっと一人だったけれど、今年は違うかもしれないって。夢が、そう教えてくれた気がしました」


 彼はポケットから小さな箱を取り出した。


 「プレゼント、もう一つ増やそうと思います」


 彼の顔には、昨日よりもずっと確かな温かさがあった。


 外では、静かに雪が舞い始めていた。


 ——夢が導いた、最初のクリスマス。その夜が、彼にとって特別なものになることを願って。


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