第9話 『本棚の奥の秘密』

 夜の静寂が星降堂を包み込む中、店の扉がそっと開いた。


 「こんばんは……」


 控えめな声とともに入ってきたのは、一人の女性だった。眼鏡の奥の瞳が少し戸惑ったように揺れ、本棚を見上げながら小さく息を吐いた。


 「いらっしゃいませ。お探しの本はありますか?」


 私が声をかけると、彼女はふと考えるように視線を落とした。


 「……ずっと前に読んだ本を探しているんです。でも、タイトルも作者も思い出せなくて」


 彼女は困ったように微笑んだ。


 「どんな内容でしたか?」


 「ええと……主人公が、本棚の奥に隠された手紙を見つける話だったと思います」


 彼女の声には、どこか懐かしさが滲んでいた。


 「その手紙が、彼の人生を大きく変えていくんです。でも、最後まで読まないまま、本を手放してしまって……ずっと気になっていたんです」


 私は店の奥に足を向け、しばらく本棚を探った後、一冊の本を手に取った。


 「もしかして、これでしょうか?」


 彼女が受け取ったのは、装丁の古びた一冊の小説だった。


 「……この表紙、見覚えがあります」


 彼女は驚いたように本を抱きしめた。


 「この店で選んだ本は、その夜、持ち主に『運命の夢』を見せると言われています」


 彼女は微笑みながら、小さく頷いた。


 ◇◇◇


 翌日、彼女は再び店を訪れた。


 「夢を見ました」


 扉を開けるなり、彼女はそう言った。


 「どんな夢でしたか?」


 彼女はゆっくりと本を開いた。


 「本棚の奥に隠されていたのは……手紙じゃなくて、一冊の日記でした」


 彼女の指がページをなぞる。


 「その日記には、私の名前が書かれていたんです。誰かが、私のことをずっと思い続けていたみたいに」


 彼女は静かに微笑んだ。


 「そして、その日記の最後のページには、一つの名前が記されていました……昔、私が大切に思っていた人の名前でした」


 静寂が店内を包む。


 「きっと、私はその人のことを忘れかけていたんですね。でも、夢の中で思い出しました。今でも、その人を探している自分に気づいたんです」


 彼女の瞳には、昨日とは違う確かな光が宿っていた。


 「これから、その人に会いに行こうと思います」


 私は静かに頷いた。


 窓の外には、新しい朝の光が差し込んでいた。


 ——本棚の奥に隠されていたのは、忘れかけていた想いと、運命の人への手がかりだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る