第7話
「好きなもの注文していいからね」
向かいの席に座るパパはそう言って笑顔でメニューを渡してきた。
「言われなくても、好きなものを頼むし」
メニューに目をやりながら、つい愛想のない返事をしてしまったことを反省する。
店内はオシャレなカフェというよりレトロな内装で純喫茶然としていて、パパは以前に何度か来たことがあると言っていた。
通されたのは窓際の席で外から丸見えで少し恥ずかしい。
「そりゃそうだよね。自分の食べるものは自分で選ぶよね。いや、あいちゃんは本当に素直で面白い」
あんな言い方をされて、何がそんなに嬉しいの。
ほんとパパって変わってる。
「あいちゃんって呼ばれるの恥ずかしい」
「ごめんごめん、でもこの呼び方が一番しっくりくるんだよ」
パパは全然申し訳なくなさそうに頭を掻きながら謝る。
「あたしはこの特性オムライスにする。あとコーンスープとセットサラダ」
「じゃあ、僕も同じのにしようかな」
パパは二人分のオムライスとコーンスープを注文して、店員さんからお水がセルフだと説明されると率先して席を立ち、何がそんなに楽しいのか二人分の水の入ったグラスを手に帰ってくる。
「よっこらしょ」
おじさん特有の掛け声で席に着くと、トートバッグを漁りだした。
「東大路高校合格おめでとう」
ピンク色を基調とした小さなブーケをテーブル越しに渡される。
「ありがとう。でも恥ずかしいから、バッグに戻して」
「あ、ごめんごめん。帰りにまた渡すね」
パパは慌ててトートバッグにブーケを片付ける。
なんか申し訳ない気もするけど、こういう時に大げさに喜んだりできないのだ。
「偶然とはいえ、なんか嬉しいな。というのも実は僕も東大路出身なんだよ」
「知ってる。前に聞いたし」
「あ、言ったっけ? 東大路は本当に良い高校だよ。駅から遠いのは難点だけど、近くに図書館や大学病院があったり、なんてたって空気が美味しい。僕はこう見えても若い頃は結構ヤンチャでさ――」
「武勇伝とか聞きたくないし。前にいくつも聞いたし」
「そうだっけ? あいちゃんは記憶力良いね」
「別に普通だし」
私の顔色を伺うように話をコロコロ展開させたり無理に褒める姿に腹が立って、つい語調が強くなってしまう。
「高校生になったばかりでこんなことを聞くのもおかしいかもしれないけど、あいちゃんは将来なりたい職業とかあるの?」
「全然決めてない。とくになりたいものないけど不便しないように勉強はするように言われてる」
「そっかそっか、それは良いことだよ。勉強と恋愛は学生時代にしておいて損はないからね。もっと勉強しとけばよかったっていう大人はいくらでもいるけど、もっと勉強しなければ良かったって人に僕は出会ったことがない」
パパは会話が途切れるのをこわがるようにあれこれ辺りに視線を巡らせて会話のタネになりそうなものを探している。
唇を濡らす程度にグラスの水を口に含んで会話を続ける。
「偉そうに言ってる僕なんかは大学で就職活動の時期になってもやりたいことが決まらなくてさ。結局第三希望の会社に入ったんだよ。第一希望は金融系で第二希望はお菓子メーカー、それで今の人材系の会社だよ。笑えるよね?」
全然笑えないし、面白くもない。
「本当に一度もやりたいことってなかったの?」
「子供の頃は野球選手になりたいとかはあったけどね、すぐに自分にはセンスがないって気付いて諦めた。他は、特になかったかな。人の役に立ちたいみたいな漠然としたのはあったけど」
ちょうどパパが話終えたタイミングで料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。特製オムライスとコーンスープのセットです」
わたしとパパそれぞれの前に料理を置いて店員さんは一礼して戻っていく。
「おいしそうだね。いただきます」
「いただきます」
それからは食事をするという口実が出来たので、わたしもパパも会話をすることなくひたすらにオムライスを口に運んだ。特製とか秘伝のソースとか書かれていたけど至って普通のオムライスだった。それでもパパはその普通のオムライスを美味しい美味しいと独り言をこぼしながら食べる。
パパはあっという間に食べ終わって、まだ半分も食べ終えてないわたしが食べるのを見る。
「気にしないで、ゆっくり食べてくれたらいいから」
「言われなくても気にしないで食べるし」
出来るだけパパの方を見ないようにして、少し急いで食べる。
「学校は楽しい?」
「まぁ、友達も普通にいるし」
「そっかそっか、それは良かった」
まるで内容のない会話が上滑りする時間だけが過ぎる。
この人はこんな愛想の無い女子高生とご飯を食べて嬉しいのか。
私からすれば、時間とお金の無駄にしか思えない。
「あ、女子の制服変わったんだってね。昔はプリーツのないスカートだったんだよ女子は。男子は今も学ラン?」
「うん、男子は学ランだよ」
「学ランの第二ボタン。懐かしいなぁ。卒業式の時にね――」
「だからおじさんの武勇伝は犬も食わないって」
「あ、そうだった。ついつい」
パパが今日何度目かの作り笑いを見せると同時に机の上に置かれたスマホが振動した。
「あ、ちょっとごめんね仕事の電話だ」
パパは席を立って店の外に出て電話を取る。
窓際のわたしの席から電話先の相手に頭を下げる姿が見えた。
パパの仕事の詳しい内容は知らないけど、しょっちゅう電話がかかってきてはいつも謝っている印象。
平日も休日もお構いなしで呼ばれたら飛んでいく、誰かの叫び声が聞こえたらいつでも出動する体のいいスーパーヒーローみたいな働き方だ。
「ごめんね。急に仕事行かないといけなくなっちゃって。これ、少ないけどお小遣い。お会計は済ましておくからゆっくり食べてね」
「うん、ありがと」
「次、いつ会えるかな」
「また連絡する」
「ごめんね。こんな別れ方で」
「仕事なんでしょ。仕方ないし」
「じゃ、いってきます」
パパは店を出るまで何度も振り返ってこっちに手を振った。
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