第36話 光の中に闇が見えるライトワーカー
燃えたぎる地獄の朱色の門が巨大な鍵で施錠されている。赤鬼の門番がため息をついて、あぐらをかいていた。当分、この門が開くことは無いだろうと察する。
それは、閻魔大王の審判の間は壮絶な現場と化していたためだった。
王座の間に座っていたのは閻魔大王ではなく、天照大御神が憑依した自称ライトーワー姫田 倫華だった。白い洒落たスーツを着て、ツヤツヤの細く綺麗な足を組んで、紙タバコをふかしている。はたからみたら、闇入り天使のような恰好だった。全然、人を救いますような雰囲気を感じられない。
「……全く、ここに来る人みんな、ネガティブ思考ばかりね。どうして、ポジティブに生きられないのかしら……そこの小鬼ちゃん。この人を天使ちゃんに連れてってくれない?」
ロープで縛られることなく、口にガムテープがついていない小鬼が、呆然と立ち尽くしていると、手招きされて呼び出される。そっと姫田 倫華に言われた通りに近づいて、裁かれた罪人を連れて行こうとした。
審判の間の端の方には、ふわりと浮いた金髪の天使が一人だけ飛んでいた。頭には金色の輪に、手には金色の杖を持っていた。白い翼を広げて、きょとんとしている。
「――ちょっと、待てよ。ここは審判の間だろ? 罪人をどこへ連れて行こうとするんだよ」
突然始まる姫田 倫華の審判は、どこの地獄に行くかなど指示するわけでもなく、流れるようにどこかに誘導しようとした。足元には、もごもごとガムテープで口をふさがれ、ロープでぐるぐる巻きにされた閻魔大王がいた。颯真は、肩にコウモリの紫苑を乗せて、ずっと黙っていたはずの姫田 倫華に困惑する。タバコをふかしながらの突然の振る舞いに怒りも込み上げる。
「だから、さっきから言ってるでしょう? 私が審判するの。罪を犯していたとしても、人間であることは間違いないの。天国に連れてって更生させてあげるのよ。わざわざ、臭い飯や熱いマグマなんて……行く必要なんてない。言葉で説明すればわかるはずよ。コンプライアンスで騒がれているのにここにも体罰や処罰があるなんて、昔に逆戻りよ。本当に……さぁ、マージェ。その人を連れてって」
(コンプラ? さっきの閻魔大王に対する攻撃は違反していないのか?!)
マージェという天使はこくんと静かに頷くとふわふわと飛びながら、一人のおじいさんを連れて行った。
このやせ細ったおじいさんは、窃盗や殺人を犯した罪深い人だった。雀の涙ほどの年金生活でろくにご飯も食べられない。増してや、妻は年上で介護が必要な状態。預けられる施設もなく、老々介護で生きるが辛くで妻を殺めてしまった。亡くなった後に追いかけて自死しようとしたが、できずに終わった。
いかなる場合であっても殺人や強盗は許されるものではない。辛さも理解できないわけではない。救われない命がここにあるのねと姫田 倫華はそっとおじいさんの背中に手を置いた。
「おうおう。優しくてお若い娘じゃのー」
あたたかい手に励まされて安堵したかに思われた。
「奥様を最期まで大事にできない旦那って最悪ね」
とげのある言葉を吐き出して、笑顔で天使のマージェに誘導した。おじいさんはその言葉に深く落ち込んでさらにうなだれてしまう。さらに表と裏のある顔に恐怖を感じた。
「……よくもまぁ、ライトワーカーと名乗りながら、毒のある言葉を言えたもんだな」
「はぁ? 何? 何か言った? ……そうね。ここは地獄。そういうフィールドでしょう。だから毒のある言葉を言ったほうがいいかと思って。優しいでしょう。あ・た・し。これであの人が転生した時に幸せな生活を送れるといいわね」
「ほぉー。相当、楽しんでんじゃねぇーか。閻魔大王様、そろそろお仕置きした方いいと思いますよ」
姫田 倫華が話に夢中になるあまりに颯真が閻魔大王のロープとガムテープを取っている姿を見ることができなかった。地響きがなるくらいの
「誰が審判してるって? んー?」
それはそれは地面が揺れるほどの低い声で閻魔大王は姫田 倫華に詰め寄った。あまりにも強烈な恐怖にさっきまで強がっていた彼女はどこに行ったのか冷や汗を大量に流して、王座の間からねずみのように逃げ出した。
やっと閻魔大王の地響きで目を覚ますコウモリの紫苑だった。
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