第37話 ライトワーカーへのお仕置き

 ロープとガムテープを颯真に剝がされた閻魔大王は、ストレッチをして起き上がる。力が有り余っていたため、辺りは地響きが鳴り響いた。その振動で目を覚ますコウモリの紫苑がいた。


「ふんぎゃッ!? 一体何が起こったんだ?! え、何。閻魔様。助かってる。良かった良かった」


 心の底から喜んでいるかどうかはさておき、棒読みでパタパタと慌てて颯真の肩に飛び立った。


「都合良く、目が覚めるもんだな。自分の身の安全が守られるって察知したのか?」

「あー……まぁ、そんなもんだね。閻魔様が自由の身ならば、おいらも元気もりもりさ」

「よく言うよ。こき使われるってほざいてたくせに……」

「颯真、余計なこと言うなぁ。しー、しー」

「けっ……」


 面白くない顔をする颯真の横で、自信満々に王座の席に座る閻魔大王は、腰を抜かして転げ落ちた姫田 倫華を見下ろした。


「お前がわしの体をロープでぐるぐる巻きにして、ガムテープを貼ったのは?!」

「……え、いや。その……。違います。あたしであって、あたしじゃないんです。信じてください」


 人が変わったように手を合わせて神様のごとく祈る姫田 倫華がいた。彼女に憑依していた天照大御神様はどこにもいない。閻魔大王は訳の分からない発言に呆れていた。


「こいつは何を言っておるんじゃ。訳のわからんやつだ。わしを傷つけたのだ。相当の罰を与えねばならぬだろう。さぁ、赤鬼と青鬼よ。こやつは特別枠の罪人だ。ささっと連れていけ!」

 

 閻魔大王は扇子を振り下ろし、ロープを解かれたばかりの赤鬼と青鬼に指示を出した。裁判さえも執り行っていない罪人を連れていくのは異例のことだ。もちろん、この処罰は暗黙の了解で決定済とされている。どこに連れていかれるかは閻魔大王と赤鬼と青鬼の3人しか知らない。


「いやーーーー、やめて。ひきずって運ばないで! これでもあたしは天照大御神様の弟子なのよぉ。なんで罪人扱いされなくちゃいけないのよぉ!? 天照大御神様ぁ!? どこですかぁ!!! 助けてくださぁーーーーい!!!」


 右腕を赤鬼が左腕を青鬼が引っ張っていた。ズルズルと足が地面に着いて身動きが取れず、履いていたハイヒールも脱げてしまう。新調したばかりの服もボロボロになりつつあった。


 颯真は間近でずっと頭に両腕をつけて、眺めていた。ライトワーカーと言えども、自分自身の罪を理解できてないとこうなるのかと感心させられる。


「自業自得だよなぁ。コンプラって言っていたけど、自分が一番守れてねぇじゃんか。閻魔大王様の体を傷つけていることに気づかないって脳みそ終わってんな。頭いいんだか悪いんだか……」

「颯真だって、頭良くはないよなぁ?」

「何をー?! お前に言われたくはないわ。コウモリのくせに、人間面するんじゃねぇ」

「え? 颯真、今なんて言った?」

「コウモリのくせに人間面……」


 肩の乗っていた紫苑は、目をギラつかせて急に黙った。


「おいらだって、ずっとこの恰好だと思うなよぉ」


 勢いよく羽根を何度も上下すると煙がどんどん沸き上がった。すると、その中からすらりと背の高いモーニングスーツを着た紳士すぎる吸血鬼が姿を現した。


「――な?! お前、誰だよ?! まさか?」

「おいらだって、力を出せばこのくらい」

「せっかくカッコいい姿になってるのに、喋りがダサい!」

「え!?」

「あのなぁ、おいらが大人の恰好になるのなんて魔力いくらあっても足りないんだわ」

「もったいないわ。よわよわ吸血鬼め」

「弱いっていうな?!」


 背格好は大人な吸血鬼なのに、喋りが幼稚なために颯真は笑うしかなかった。笑っているうちに煙がモクモクと出てきてあっという間に元のコウモリの姿に戻ってしまった。


「はぁ?! 何戻ってるんだよ」

「もう、限界。無理。おいらには力が無くて、一瞬しかできないだわ」


 ぐったりと地面に横になるこうもり姿の紫苑に何だかほっとする颯真だった。

 閻魔大王は姫田 倫華がいなくなり、心底安心して、玉座に座り、お気に入りの魚の漢字が沢山書かれた湯呑で緑茶をすすった。また普段の通常審判が戻りつつある。


 その頃、頑丈な地獄の門の前に引きずられた姫田 倫華は、止まって安心し、これ以上は痛い思いをしなくて済むと安心していたが、赤鬼と青鬼が両腕と両足を抱え始めた。


「ちょ、ちょっとぉーー! 何をするのよ。触るんじゃないわよ」

「閻魔大王様のご命令です」

「逆らえば、大変なことになりますよ」

「何が閻魔大王よ。私が正しいの。神様に認められたんだから。ちょっと、放して!!」

 

 あまりにも激しく抵抗するため、鬼たちは体勢を整えようとドンッと勢いよく手を離した。


「ちょっと、痛いわね。急に離すんじゃないわよ」


 言ってることがハチャメチャな彼女に鬼たちは呆れてしまう。腰を抱える姫田 倫華に鬼たちは大人しくなるのを待った。


「いたたたた……本当にレディに失礼ね。親の顔が見てみたいわ」

「閻魔大王様ですけど……」

「へぇ、そう。変わった人ね。本当に」


 赤鬼と青鬼は困惑した様子でじっと待った。訳のわからない言動に理解に苦しむ。兎にも角にも、閻魔大王の言われた通りに連れて行くしかないと思い出す鬼たち。また彼女の両足と両腕をつかんだ。


「あ、また。勝手に動かそうとするんだから。やめてよ」


 そんな言葉を無視をして、鬼たちは姫田 倫華を頑丈で大きな地獄の門の向こう側に連れ出して行った。叫ぶ声はだんだんのカスレ声になり、発することも諦めた。


「もういいわよ。どーせ、私なんて誰も助けてくれないんだから」

「その嘆き、ここが地獄だから言うんすか?」

「……そうかもしれないわね」


 颯真は空中に浮かびながらボソッと発言する。どんなにポジティブでいい言葉を使った方がいいと言っても、フィールドが地獄という場所はどうしても聞きたくない言葉も出てしまうようだ。姫田 倫華は話すという行為そのものがここで意味をなすことはないと理解した。空気がさらに重くなった。

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