第4話
「匠」
教室に戻ると、ニヤニヤした夏樹がこっちを見ていた。
「んだよ」
夏樹にそう言うと自分の席に座る。
自分の顔が綻んでいるのを気付かれないように、窓の外を眺めていた。
だけど夏樹は感がいい。
すぐに気付きやがった。
「してきたんだろ」
そう言う夏樹の方を見ることなく、オレはずっと窓の外を眺めていた。
「如月先輩に告白して来たんだろ」
ニヤニヤとする夏樹が、少しムカつく。何でも分かってるって顔してるコイツが、ムカつく。
この調子じゃ、結果も分かってるんじゃないかって思う。
「ああ」
そっけなくそう言うオレに、ニヤッと笑う。
そして肘を突くと「どうだったんだよ」と言ってくる。
絶対、分かってると思うんだけどな。
「……まぁ、な」
その言葉に夏樹はパアッと明るくなる。
「良かったなぁ!」
バンッと背中を叩いてくる。その痛みに顔を
だけど夏樹はそんなのお構いなしって感じで見ている。
◇◇◇◇◇
その日の放課後。
HRが終わると、教室に顔を出したのは如月凛子だった。
「匠」
そう言ってオレを見る如月凛子に、クラス中が大騒ぎだった。クラスの面々は、オレと如月凛子がそれなりに仲がいいのは知ってた。
だけどこうして教室に顔を出す事はなかったから、騒然とした。
「一緒に帰ろうか」
そう言う如月凛子はやっぱり毅然とした態度を取っていて、照れることもなくオレを見ていた。
オレはクラスの視線に耐えられなくて、黙って立ち上がりカバンを持つ。
そのまま夏樹に「じゃあな」と言って、如月凛子に近付いて行く。
そしてふたりで昇降口まで歩いて行く。
1年のオレと、3年で生徒会長の如月凛子。
そのふたりが歩いているところを、興味深く見る生徒たち。
それでも如月凛子は、気にもしないで歩いていた。
「もうすぐ夏休みだね」
如月凛子がそう口にした。
「どこか行こうか」
「え」
「遊びに行こう」
「いいのか?忙しいんじゃないの?」
オレは如月凛子に訪ねた。だけど如月凛子は「何が」と答えた。
「受験勉強とか……」
オレはそう言うとニコッと笑った。
「大丈夫よ」
如月凛子は優しい声で言った。
夏休みに入り、オレと如月凛子は毎日のように会っていた。
だけど昼間は予備校に通ってる如月凛子と会う時間は、夕方から夜にかけてのほんの少しの時間だった。
それでもオレにとって、幸せな時間だった。
だから忘れていた。
休みに入る前に如月凛子が言った、「遊びに行こう」という言葉を。
「え?」
目を丸くして、オレは如月凛子を見つめた。
明日から8月という7月最後。
如月凛子がオレに提案して来た。
「だから明日、プールにでも行かない?」
にこっと笑う如月凛子。
オレはその如月凛子の提案に頷くしかなかった。
緊張した。
その言葉に。
そして一緒にプールに行くということに。
◇◇◇◇◇
「マジでやべぇ……」
その言葉が
目の前にいる如月凛子の水着姿が、眩しかった。
「そんなに見ないでよ。恥ずかしい」
そう言いながらも恥ずかしげもなく歩く如月凛子は、自分の魅力に気付いていない。
さっきからプールにいる男たちの視線を、浴びまくってるのに気にもしないでいる。
「いつもの如月凛子だ」
そんな如月凛子を見て思わずポツリと言ったオレに振り返り「なんか言った?」と言う。
長い髪を
他の男の視線がオレに向けられる。
何で如月凛子のような女の隣にオレのような男がいるんだという視線。
それでもオレは如月凛子の隣にいることが幸せだった。
「凛子」
そう呼ぶとニコッと笑う。
「あっち行こう」
オレの腕を掴んでプールサイドを走り出す。
「おいッ!走ったら危ねぇぞ!」
オレが叫ぶとふふふっと笑う。
その笑顔が眩しすぎて直視出来ない。
その日は本当に夢のようだった。
こんなにも楽しいものかと思った。
惚れた女と過ごせる時間は、こんなにも楽しいものかと。
その日の帰り。
夕陽が沈む公園で、オレと如月凛子はベンチに座っていた。
「楽しかったね」
隣ではしゃぐ如月凛子は、無理に笑ってるようだった。
それに気付いたのはついさっきだった。
いつもの如月凛子のあの凛とした表情はなく、暗く落ち込んでいる表情を見せたから。
だからオレは何も言えなく、言葉を探していた。
「匠」
オレの顔を覗き込む如月凛子は、いつもの如月凛子で、さっき見た如月凛子は幻なのかと思った。
だけどそうでもなかった。
声の調子がいつもと違っていた。
「凛子」
俯いたままのオレは、如月凛子に問いかけた。
「何があった?」
オレがそう訪ねると、如月凛子が真顔になった。
そして微かに笑みを見せた。
その笑顔が儚く、今にも消えてしまいそうなそんな笑顔だった。
「……匠は感がいいのね」
そう如月凛子が呟いた。
その声はオレの耳をすーっと通り過ぎていくようだった。
「……匠。あたしの話を聞いてくれる?」
そう言った如月凛子は、存在そのものが消えてしまいそうな、か弱い女に変貌していた。
「前に話したよね?死ぬ程好きだった人がいたこと」
如月凛子が言った言葉に、ドキンッと胸が反応した。
オレがそんなに反応していることを、普段の如月凛子なら気付くと思う。
だけど今の如月凛子は気付くことなく、目線を落としていた。
「どうしてもね、思い出してしまうの……」
静かに言った言葉が、オレの頭の中に響く。
鈍器のようなもので殴られたような衝撃だった。
でも如月凛子は言ったんだ。
君を好きになれるかどうか本当に分からないよって。
オレはそれを理解して付き合うことにしたんだ。
「彼はね、私の初恋なの」
静かに思い出を話すその瞳には、微かに涙が浮かんでいた。
「幼馴染みで、いつも一緒にいて……」
黙って聞くしかないオレは情けない。
「一緒にいるだけで楽しかった。でもね……」
そこで如月凛子は言葉を止めた。
今にも泣き崩れてしまいそうだった。
「凛子」
オレはそっと如月凛子の頬に触れた。
ピクンと反応を示す如月凛子は、オレの顔をじっと見ていた。
瞳には溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「まだ……、彼が好きなんだね」
オレがそう言うと如月凛子は首を横に振った。
「──……分からない」
如月凛子から出た言葉は、微かなそんな言葉だった。あの日から如月凛子は、昔の彼氏の事は一度も話さなかった。
いつものあの凛とした姿で歩いていた。
オレとも付かず離れずの関係を続けていた。
だからオレはオレで、如月凛子に手を出すことなんて出来なかった。
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