第6話

「久しぶり」

 2学期最初の朝。

 正門の前で立ってる匠くんが、あたしに近寄ってきた。

 あたしは匠くんの顔が見れなかった。

 どんな顔してどう接したらいいのか分からなかった。



「まゆ」

 そう呼ばれるのが嬉しい癖に、そんなことには気付かないフリして顔を上げた。

「……久しぶり」

 ニッコリと笑った……つもり。

 ちゃんと笑顔で言えたのかも分からない。



「話、ある」

 匠くんがそう言うから、一緒に空き教室に行く。

 自分達のクラスとは反対側の棟の空き教室。

 ここは誰も来ない空き教室がある。

 その一室に入るあたしと匠くん。

 誰も使ってないから少し埃っぽい。



 ガタッと匠くんはその椅子を引いた。

 そしてその椅子に座ると、あたしに目の前の椅子に座るように促す。

 だからあたしも椅子を引いてそこに座る。

「お前さ、どういうつもり?」

 その声が少し怒ってるようにも聞こえるのは気の所為だろうか。

「……どういうことって?」

 顔を上げるのが怖い。

 俯いたままあたしはそう言った。

「お前は俺の女だろ」

 その言葉にピクッと身体が反応する。



 


 そう言われて嬉しくないわけない。

 だけど匠くんは如月先輩のこと……。



「お前、なんで電話に出ねぇんだ」

「あの日以来、なんで連絡寄越ねぇんだ」

「一体、何してたんだ」



 散々、そういうことを言われてた。

 だけどあたしは何も言えなかった。

 答えることが出来なかった。

 なにか言葉を発すると、涙が溢れてきてしまうから。

 悲しくなるから。



「まゆ」

 キレイな手があたしに伸びてくる。

 匠くんの骨ばった指が、あたしの頬に触れる。

「なぁ、まゆ」

 その指が震えてる……気がした。

「……俺も悪かったんだよな」

 ポツリと呟いたその声が震えていた。

「俺がまゆを不安にさせていたんだよな」

 はっきりと聞こえた言葉に、あたしは抑えられなくなった。

 自分を抑えることが出来なかった。



 この人を失いたくない。

 この人の隣にいたい。

 ずっとこの人の隣にいたい。



 ポタッ……。



 頬から流れる熱いもの。

 匠くんの指がそっと拭い取ってくれた。

「俺、ちゃんと言ってなかったもんな」

 あたしの目を見て言う匠くん。

 その目は真剣な目で、とてもキレイな目だった。



「俺、もう凛子のことはなんとも思ってねぇよ」

「え」

「だから……その……」

 口籠もった匠くんをじっと見てしまう。

 少し俯き、ふぅと息を吐く。



「俺、まゆが好きだ」

 その言葉に信じられなかった。

「ずっと前からまゆが好きだ」

 その言葉に緩んだ涙腺が壊れたかのように、後から後から涙が溢れ出た。

 抑えることが出来なかった。

 嬉しくてどうしようもなかった。



「ごめん。まゆ。もっと早く言うべきだった」

 あたしの頭に手を置いて、優しく撫でる。

 その手が温かくて安心した。

「だからまゆ。俺から離れて行くなよ」

 と微かに言葉が出て頷く。

 それ以上何も言えなかった。

「行こうか。まゆ」

 涙が止まるのを待って匠くんが立ち上がる。

「始業式、始まる」

 笑った顔はとびっきりの笑顔だった。





「匠くん」

「ん」

「ありがとう。あたしも匠くんが好きよ」

「バッカ……じゃねぇの」

 照れ隠しのようにそう言った匠くんは、あたしに手を差し伸べてくれた。

 その手を握り返しふたり並んで教室に向かう。



 いつかあたしがこの人の隣に立っても、不釣合いなんて思われない日が来るのかな。

 周りがなんて言っても、あたしはこの居心地のいいここ場所を誰にも渡す気はないから。

 ずっと一緒にいたいから。

 だからあたし、自信持っててもいいんだよね。

 匠くんの言葉があたしに力をくれるから。

 匠くんの存在があたしにとって大切なものだから。



 ねぇ。

 君の隣にこれからもいさせてね。





 完

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