3

 無為な歳月が半年過ぎた。

 僕のあばらはまた痩せたが、腹だけはすっかり出たままだ。栄養の失調。悪夢はまだ続いていて、頻度は以前にも増している(胸の青痣なら、あれ、この辺にまだ残っているはず)。

 僕はOPENの札を出し、隈と、伸ばしっぱなしの髭を連れて店に立った。今日は金曜日。だけに、マユミが金をくれる日なんだから――


 マユミはいつも通りの時刻に来店した。彼女は時間に忠実で、その点において僕は全幅の信頼を寄せていると言っていい。吸血鬼なりに気を遣うところがあるのだろうか。吸血鬼と時間の関係は見えないが、僕はまたストレートを無言で出し、マユミの方では封筒を差し出した。彼女の袖口からは棒切れみたいな細腕が覗いていた。

 僕は受け取るなり中身を数えた。ひい、ふう、みい――うん、一介の小娘が稼ぐには少し多い(でも僕にしてみればちょっぴり少ない)、いつも通りの金額だ。僕はありがとね、と形式ばったお礼を言った。

 そしていつもならあり得ない、ほんの少しの悪戯心を興したんだ。

 だから訊いた。一体どこでこんな金をこしらえたんだい――と。

 するとどうした、「エート、エート、エット、エット」マユミはやたら言葉を濁すじゃないか。ははあ、どうやら彼女の方では、例の退屈でない遊びが僕に知れていないものと考えているらしい。これは結構、参ったことだよ。だって、僕は出会いからして彼女に貞淑さを求めていないのに、彼女は人並みに貞淑な女のフリをしてみせるんだから――

 マユミは下手な言い訳をして、さっさと帰ろうとした。僕の方でも引き留めるつもりは無かった。

 

 入り口のベルががらんがらん鳴った。うるさい余韻と狭い店内にひとり残されてしまった僕は、当たり前のような気持ちでいた。だってマユミは血を吸って、だから僕は金を吸って、僕の血が何からできていたって、彼女の金がどこから湧いていたって、そんなことは絶対、問題にならないんだもの――彼女だって随分血を吸ったくせに。馬鹿なことを気にするもんだ。そんなんだから、僕ら二人、顔つき合わせて痩せていくんだ。

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