第7話 馬鹿が一人

 ええ……?

 なんで千ヶ織さんがこんなところに?

 

 てか、そんな事よりこの姿を見られたのは不味いな。

 普段ダンジョンには黒髪の方の姿で潜っているのだが、こっちの白髪の姿の方は学校で見せている姿だ。


 ダンジョンから出る、という事で姿を変えていたのだが、こっちの姿でヘルドラゴンを両断したのは不味かったな。

 明らかに彼女目線から見ると、クラスメイトがヘルドラゴンを一撃で沈めたとなるのだが……。

 うん、絶対に怪しい。


 流石に緊急の事態だったから、あそこで踏みとどまらなかったことには後悔はない。

 しかしながら、何らかの言い訳はしなきゃな……。


 ぽかん、と口を開けてこちらを見る千ヶ織さんに言う。


「え、えーっと、あー!さっき黒い髪の人がドラゴンを一刀両断していったぞ!そして高速で走り去っていったー!」


 明後日の方向を指さす。


 おい!

 言い訳ヘタクソすぎだろ、俺!

 もう少しマシな言い訳あっただろ!?


 不味いぞ、このままじゃ俺は怪しまれて、千ヶ織さんに俺がS級ハンターであることをみんなにバラされて俺の学校スローライフが終焉を迎えてしまう!

 そしたらきっとみんなに、


「アイツ調子乗ってるよなー」


 だとか、


「えー、紅夜君S級ハンターなのー?金持ってるなら奢ってよー」


 だとか言われる!

 陽キャどもにカツアゲされる!

 ああ、終わった俺の学校スローライフ。


 てかこんなしょうもない事考えてないで、真面目にどうしようか、この状況。

 と言っても、現状こんなヘタクソな言い訳をしてしまった時点で、これ以上言い訳してもむしろ怪しく見えてしまうだろう。 

 うーん、マジでどうしたらいいんだろうか、これ。 

 

 そんな感じであたふたとする俺を見かねたのか、千ヶ織さんは俺を静止した。


「──えっと、いいわ、分かってるわ。紅夜君にも何か事情があるんでしょう?」


「はい、その通りです!」


「まあ、このことは学校の皆には黙っておくわ」


 ファーーーーー!!??

 なんだこの人、神か!?

 神なのか!?

 

 なんか知らんけど、勝手に分かってもらえたんだが!?

 理解力高すぎだろ!


 千ヶ織さん神!

 これから毎日拝みます!


「というか、こんなところにいないでさっさとダンジョンから出ることにしましょう」


「はい!そうしましょう!」


 そうして彼女は俺の腕を引き、俺は引かれるがままダンジョンから出ることになった。



▽▲▽▲


「えっと、これはどういう状況ですか?」


 ダンジョンから出てきた俺を迎えようと車をスタンバイさせていた、木隠マネージャーは怪訝な顔をした。


「それは俺が聞きたい」


 えっと、なんかヘルドラゴンを倒した場所から、ここまで、千ヶ織さんが俺の右腕にべっとりと張り付いて離れてくれなかった。

 というか、今もべっとり張り付いている。

 

 いや、マジでどうしてこうなった!?

 なんで彼女は俺なんかの右腕に張り付いているのだろうか。

 

 んー?

 あれだろうか、ヘルドラゴンと戦って、死にそうな思いをしたことによって人肌に安心してこうして蝉化しているとかだろうか?

 まあ、よく聞く話だ。

 

 死の直前を体験した人間が、一たび人肌に触れてしまうと離れられなくあの現象。でも、10分もすれば落ち着きを取りもどして、離れられるようになるなんて聞いた気がするけど……、なんでこの人は未だに俺の腕に張り付いてるんだ?


「へえ、まーた紅夜君は女の人をダンジョンでたぶらかしてきたんですか?可愛らしい顔をして中々に肉食ですね」


 ニヤリ、と笑う木隠さん。


「してないよ!?一度たりともたぶらかしたりなんてしてないよ!?」


 失礼な、俺は一度たりともダンジョンで女の人をたぶらかしたりなんてしたことないんだけが。

 そんな事が出来るなら、今頃俺はモテまくっていただろう。

 だが、現状俺は全くと言っていいほどモテには遠縁なのが、たぶらかしてなんてない事を確証している。


 と、そんなやり取りをしている俺と木隠さん。

 そして今まで黙っていた千ヶ織さんが口を開いた。


「失礼ね、私は、その、足が震えてこうして紅夜君の腕を掴んでなきゃ立っていられないだけよ」


 若干赤面しながらそう言う千ヶ織さん。

 

「ほら、千ヶ織さんが言う通り、俺はたぶらかしてなんてないぞ?」


 うんうん、と千ヶ織さんに同意する俺。


「ほーん、その割には脚が震えてるようには見えないですけどねぇ」


「ふん、あなたにはそう見えるかもしれないけれど、私の脚はガクブルよ?というか、あなたは誰なのかしら?初対面の相手に名乗らないなんて失礼よ」


「ああ、名乗りが遅れましたね。私は木隠七。紅夜君のマn──」


 そこまで言いかけたところで俺は木隠さんの会話に割り込んだ。


「コホン!この人は、なんだ、俺の姉だ」


 そして、木隠さんに今は俺に合わせてくれと耳打ちした。

 納得したのか、はい、と彼女は目で頷いた。


「おっと、失礼しました。私は木隠七。紅夜君の姉です」


「へえ、お姉さんだったのね。よろしくだわ」


 バチバチと両者がにらみ合う中、千ヶ織さんは木隠さんに握手を求めた。


 両者、手を交える。


 ……何だこの雰囲気!?

 なんでこの人たちはこんなにバチバチしてるの? 

 もう少し仲良くしてもらいたいんだけど……。

 

 というか、この雰囲気の中じゃ俺みたいな人間はかなり居心地が悪い。

 さっさと帰りたいんだが……。


「あの、俺はそろそろ帰りたいんだが……」


「ちょっと待ってほしいわ。紅夜君のお姉さん、紅夜君を借りてもいいかしら?」


「ええどうぞ、お好きに。でも手を出したら許しませんよ?」


「フン、言われなくても手は出さないわ」


 木隠さんと別れた俺は、千ヶ織さんに手を引かれて近所のカフェに入っていった。



▽▲▽▲


 カフェに入ると、俺たちは手ごろな窓際の席に座った。


「ふう、ようやく落ち着いた……脚が震えてたのは本当なのよね」


 席に座ると千ヶ織さんはそう言った。

 席に座ると、卓上のメニュー表を千ヶ織さんは手に取り、店員を呼んだ。


「ご注文は?」


「フラペチーノで。紅夜君はどうする?」


「あー、じゃあ俺はイタリアンローストで」


「ご注文を受けたわりました」


 そして、店員は注文を記したメモをカウンターに持っていく。

 

 すると千ヶ織さんは驚いた、という顔をした。


「意外ね、イタリアンローストって一番苦いコーヒーじゃなかったかしら?てっきり紅夜君はもっと甘いのが好きかと思ったわ」


 じろり、とこちらの姿を見た。

 どうやらこの美少女の姿に苦いコーヒーは似つかわしくないと言いたいらしい。


「コーヒーは苦ければ苦いほど好きだ……です?」


「ああ、敬語は結構よ。私はあなたに助けてもらった身分だから、あなたは敬語を使わなくてもいいわ」


「そうか、じゃあ遠慮なく地で喋らせてもらう」


「それがいいわ」


 しばらく待っていると、コーヒーが運ばれてきた。

 芳醇な香りがするそれを手に取り、飲む。

 うん、おいしい。

 

「本当に飲めるのね……。私にはイタリアンローストは苦くて無理だわ。凄いわね」


「そりゃどうも」


「苦いのを飲めるようになるには何かコツがあるのかしら?」


「コツ、か……。うーん、俺が初めてコーヒーを飲んだ時は苦くて苦手だったけど、なぜかだんだん苦味に慣れてきて最近じゃイタリアンローストみたいなコーヒーでも飲めるようになった。

 だからあんまりコツとかはないかもしれない」


「ふーん」


 そう言ってクルクルと髪を弄る千ヶ織さん。

 なぜか彼女の頬は紅潮している。

 何か風邪でもあるのだろうか?


「まあ、コーヒーの話は一旦置いておくわ。あなたをここに連れてきたのには理由があるの」

 

 千ヶ織さんはこちらをジロリ、と見た。


「ねえ、なんで私を二回も助けたの?」


「二回?」


「一回目は仙場君に校舎裏で詰められていた時に私を助けてくれたわよね」


 ああ、そういえばそうだったな。

 あれを助けた判定にするかどうかは怪しいところだけど、彼女は助けられたと思っているのか。


 てか、バレてたやんけ!?

 必死に平静を装ってごまかしてたつもりだったんだけど、バレてたみたい。

 俺の無駄な努力はなんだったのだろうか……。


 そして、と千ヶ織さんは続ける。


「二回目はこうしてドラゴンに追い詰められた私を助けてくれた。

 あなたにどういう事情があるのかは分からないし、私には想像も及ばぬ事情があるのかもしれない──」


 でも、と付け加えた。


「どれだけ私に好感を持たれようと努力しても、この胸のネックレスだけは渡せないわ。これだけは絶対に渡せないの」


 そう言って彼女は服の首からネックレスを引き出し、見せてきた。

 

 ネックレスにはUSBがつけられている。

 奇抜なデザインだな……。

 俺はそう思った。


「この胸のUSBは私のお父さんがBLOCKのリーダーとして残してくれた大切なものなの。これには電槌の悪事のデータが残っていて、とっても大切なものなの。

 だからどれだけ私に好かれようと努力しても無駄よ。これだけは絶対にあげないわ」


「……ん?」


 この人はさっきから何を言ってるのだろうか。

 電槌の悪事のデータが残ってる?

 そんなもの一ミリも欲しくないんだが……。

 別に悪い事したいなら好きにすれば、って感じだ。

 

「……でも、もしも……あたなが……そんな意図はないって言うなら……ねえ、教えて。なんで私を二回も助けた──」


 さらに頬を紅潮させる千ヶ織さん。

 

 と、その時だった。 

 千ヶ織さんの首に何かが付着、というか張り付いている事に気づいた。

 

 んー?

 あれって……。

 ゴミかな?


 あー、やっべ、ゴミだと思ったらなんか無性に気になってきた。

 俺そういうのめっちゃ気になる人間なんだよね。


 俺は彼女の首に手を伸ばした。


「──ひゃ!?な、なにをするの!?」


「動かないで」


「……ッ!?ひゃう!?」


 彼女の首に手をまさぐらせ、首に取り付けられたゴミを手に取る。

 

 ん?

 なんかこのゴミ、ピカピカ光ってるぞ?

 しかもなんか固いし。

 

 俺はゴミを握りつぶし、パラパラになったそれを手拭きに包む。

 ふう、すっきり。


「な、なにをするのよ!??」


 顔を真っ赤にして起こる千ヶ織さん。

 あー、確かにいきなり首に手を伸ばされたら怒るか。

 そりゃ誰だって怒るよな。


 取り合えずここは素直に謝るか。


「すみません。ゴミが付いてて気になっちゃって」


「……ッ」


 蒸気が出そうなほど顔を真っ赤にする彼女。

 さっきから様子がおかしい。

 本当に風邪でも引いているのだろうか?


「体調でも悪いのか?気分が悪いなら早く帰った方がいいと思うぞ」

 

「……ほ、本当に、何の意図もなく私を助けたの……?じゃ、じゃあ……友達に、なれるかしら」


 ポツリ、とそんな事をつぶやく彼女。


「友達?そんな物言ってくれればいくらでもなれるけど……でも、俺は死ぬほど陰キャだから俺みたいなやつと友達になってもなにもないぞ?」


「い、いいの?」


「うん?いくらでもいいが……」


 すると、パアと嬉しそうな顔をする千ヶ織さん。

 あれ?

 なんでこの人はこんなうれしそうな顔をしてるんだ?

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