第6話 黒彗星が表れた!

 あの後三日月は、これからもっと深層に潜る、とかいって俺と別れた。

 

 そして、今日はもう遅くなってしまっていたので、俺は地上に上がることにした。


 いつも潜っている階層は59層であるが、今日潜っているのは69層。

 地上がいつもよりも遠いせいで、俺はダンジョンフロア移動に苦労していた。


 ボス層の一個手前の層が一番モンスターが沸くため、山口が見せてくれたあの動画が撮影されて以降59層から69層にメイン狩場を移動したのだが、中々に不便である。

 以前の狩場が一番効率よくモンスターを討伐できて、かつ地上に近い便利な立地だったというのに……。

 まあ、10層分階層が上がったため、モンスターが強くなって戦いがいが増したのはいい事なんだけどね。

 

 でも、それでも不便な事には間違いなし。

 

「はぁー、誰だよあの動画を撮影したやつ!本当に腹立つなー!」


 お陰様で”ファン”を名乗ってストーキングしてくる変態が表れてくるこの始末。

 全く、迷惑この上ない。

 あれこれ迷惑をこうむるこっちの身にもなってほしい物だ。

 

 この前なんて、うっかりこっちの黒髪の方の姿で外に出たら、


「黒彗星が表れたぞ!」

「マジかよ、実物初めて見たけどクソ可愛いな!」

「結婚してください!」


 なんて大騒ぎになったし。

 観衆にもみくちゃにされたし。

 綺麗なお姉さんにもみくちゃにされるならまだよかったが、集まってくるのは山口みたいな野郎ばっかりだし……。

 

 いや、なんで野郎ばっかりなんだよ!?

 ああそうか、この姿のせいか……。 

 てか、結婚してくださいってなんだよ……。

 俺は男なんだぞ?

 野郎には興味ないし、野郎となんて結婚したくない。

 

 そもそも俺自身目立つことは好きじゃない性格だ。

 本当はひっそりとダンジョンライフを送りたかったというのに。 

 己と向き合って強くなりたかっただけなのに。

 てか、ついでに女に人にモテたかったのに。

 なんかいつの間にかこんな美少女にTSしてしまったせいで、あれもこれもおかしくなってしまった。

 

 本当になんでこんな事になってしまったのやら……。


「ったく、こうやってイチイチ姿を変えなくいけなくなったのも不便だな」


 懐からRN-229,変装キットを取り出し、顔にはめた。

 しばらくすると、白髪の方の俺へと変化する。


 いつもこんな感じで、こっちの白髪の方に変装してからダンジョンから出るようにしている。

 こうしなきゃ前みたいに大騒ぎになっちゃうからね。

 こんなひと手間を加えなければまともに外も出歩けいないのは不便この上ない。


「全く、なんでこんな事に……」

 

 そんな感じで不満をぶー垂れつつ、俺はダンジョンフロアを上へ上へと移動していく。


 だいたい23階層まで移動したときだった、ふとピリピリとした空気を感じた。

 

 ……なんだ?

 

 ここは20階層だぞ?

 なんでこんなところで60階層レベルの殺気が?

 この殺気はだいたいS級レベルのモンスターが発する殺気だ。


 この階層で活動するのはだいたいC~B級レベルの冒険者。

 だから、彼らには到底対処できるようなモンスターではないはず。

 下手すると死人が出るかもしれない。


「こりゃ、急がないと」


 もたもたしていられない、俺は地を蹴り駆けだした。

  

 ダンジョンの中をすさまじい速度で駆けていき、いくつか角を回っていったところで目に入った光景に俺は息を呑んだ。


 あれは、ヘルドラゴン。

 俺が好んで討伐するモンスターだ。

 ヘルドラゴンの危険度は、殺気から俺が察した通りS級レベル。

 絶対にこんな階層にいちゃいけないモンスターだ。


 対するは女子高生。

 遠くから見ているのでイマイチ顔が見えないが、恐らく女子高生だ。

 見たところ、魔力をうまく扱えておらずCからB級レベルの冒険者だろう。


 ヘルドラゴンはブレスを溜めており、今にもそれを解放しそうな様子。

 1秒未満にあそこに辿り着かなければあの女子高生は死ぬ。

 

 こっからあそこまでは約100メートル。

 ウサインボルトでも9秒オーバーはかかる距離。

 たとえS級ハンターだとしてもあそこまで一つの踏み込みでは辿り着けないだろう。


 しかしながら、それは通常のS級ハンターであるならば、という仮定である。

 ここにいるのは俺、紅夜ユウだ。



 

 ──なぜ、人々は彼を黒彗星と呼ぶのか?

 それは彼の常人には考えられぬ速度から、そう名付けられたのである。

 初めて彼を黒彗星と呼ばせしめた動画で、彼はモンスターを目に見えぬ速度で懐に潜り込み切りつけた。 

 

 彼を評するとき、人々は口を揃えてこう言う。


「──あれはまるで黒い彗星だ」


 

 バシュン!


 空を裂くような音。

 白い彗星が光の筋を描いた。


 次の瞬間、ドラゴンが真っ二つに切れた。

 そして、ドラゴンは崩れ落ち絶命する。


 俺は背後に立っている女子高生に声をかけた。

 

「えっと、大丈夫ですか──」



「え!?紅夜君!!??」


 ん?

 なんだ、俺のこと知ってるのか?


 振り返ると、そこには千ヶ織さんが立っていた。

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