第5話 ストーカー

 ピタリ、と球体のような測定機に手を置く。


 機械音がし、機器は俺の魔力を測りだす。


 しかしながら、あの二人のゴタゴタをただ見ていたわけではなく、その間にあれこれ対策を考えてきた。


 俺がやらなければならない事は、俺自身の魔力量を偽装することだ。

 

 初めてハンターになった時、俺は自分の魔力量を測った。

 その時の俺の魔力量がおおよそ3000ほど。

 一般人のそれとは大きくかけ離れたものだ。

 クラスメイトから化け物ともてはやされるあの二人ですら、俺には及ばない。


 まあ、確かに先生が言った通り、魔力は戦闘におけるすべてではあるけど、一方で魔力操作だとか戦術だとかを考慮すると正しくは『魔力は戦闘のすべてではない』となる。


 だからこそ別に自分の魔力をあまり誇示しようとは思わないし、見せびらかすような事はあまり好みじゃない。

 それに、目立つ事自体が好きじゃない。

 だから、今回はこの俺の魔力量を偽装する。


 そのために、俺は機器に置いた手とは反対の手で、長い髪をかき分けうなじを触った。


「クレイ、目を覚ませ」


 ぼそり、と呟く。


《Ro105-CRAI 起動》


 脳内に言葉が響く。


《おはようございますマスター。ご用件は何ですか?》


 やや眠たそうな声を器用に出すクレイ。


 彼女は俺のAIアシスタントだ。

 テックボルト社から提供してもらった最新型人工知能である。


 テックボルト社の人曰く、このAIアシスタントは俺と脊髄を通して神経コネクティングしてるらしく、どうやらこの神経コネクティングが特別な技術で数いるS級ハンターたちの中では俺しかこの技術に適合しなかったらしい。

 だから現状クレイさんを扱えるのは俺だけという事だ。


 とまあそんな彼女なのだが、戦闘から情報収集、果てには会話相手まで、その用途は多岐に渡る。 

 そう、マジで彼女は何でもできる。


 歌を歌ってて言ったら歌を歌ってくれるし。

 でもまあ、一つ欠点があるとすれば彼女には感情がないという事だろうか。 

 人間っぽい会話はしてくれるけど、当人曰く感情がないらしい。

 あくまでも彼女はAIだからね、そこは当たり前だ。


 まあ、それでもいつもお世話になっているから感謝しないとね。

 

 と言う訳で優秀な彼女を起した俺は、命令した。


「クレイ、この魔力測定器をハックできないか?」


《分かりました》


「ありがとう、感謝する」


 そして機器に、触れた手の神経を逆流して情報を流し込んだ。


《ハッキングに成功しました》

 

 命令から僅か0.1秒の後に、測定器のハックが完了する。

 

 いや、もうハッキング出来たのかよ!?

 俺の予想ではてっきり数秒くらいかかると思っていたのだが……。

 だからちょっとした煙幕を張ってごまかそうだとか考えていたというのに……。

 いい意味で予想を裏切られた。

 

 まあ、早い事に越したことはない。


 そして機器をハッキングすることに成功した俺は、モニターに400という数字を映した。


『素質魔力量……401gn/s』  

 

 表示されたモニターの数字。

 まあ、平均よりちょっと上くらいだ。

 これくらいなら別に目立つこともなかろう。


「401か、すくね」

「なんかあの二人の後だと少なく見えるねw」

「なんか、なんとも言えないな」

「可哀そうwww」


 おいおい、全部聞こえてるぞ!?

 なにが少ないだ、これで丁度平均だからな!?

 2000くらいあるあいつらがおかしいだけで、俺は別に全然普通だぞ!

 まあ、そんな事は言えないけどね。


 とぼとぼと機械から離れる俺に、先生はポンと肩に手を置いていった。


「紅夜、その、なんだ、あいつらに比べて低くても気にする必要はないぞ……」


 うーん、この。

 先生にも哀れな目で見られるこの始末。


《マスター、気にする必要はないですからね……》


 そんな俺を見かねたのか、クレイにまで哀れまれました。

 全く、余計なお世話だ。

 ふん!



▽▲▽▲


 あれから2か月。

 俺は順調に学校に通っていた。

 最初は分からなかった授業も、山口だとか木隠さんに聞いたりした結果、なんとか追いつくことが出来た。

 

 毎日のように戦闘実習授業が行われており、普通の授業で苦労した半面、こちらは余裕だった。

 ここ2か月ほどは基礎的な魔力操作だとか理論だとかの解説や実習ばかりで、俺にとってはむしろ退屈だった。

 

 こういえば感じ悪く聞こえるかもしれないが、基本的な身体強化にすらみんな悪戦苦闘しており、ハンターになってから3日でマスターした俺にとっては意外だった。


 うーん、俺って凄いのかも……?

 いや、別にみんなまだ魔力操作を習い始めたばっかりでビギナーなんだからそこと比べたらダメだろ。


 俺は別に5000人の中でイキってるただの子虫なんだ。

 そう、謙虚になろう。

 強い人間ほど謙虚なんだ。

 

 そう俺は心に言い聞かせつつ、日々の授業をこなしていた。


▽▲▽▲


 ここはダンジョンの深層69階層。


 暗い暗い地底の底で、普段の授業のストレスを発散するかのようにモンスターを撲殺していた。

 いつもは剣で戦っているのだが、今日は拳で戦う気分だ。

 殴る感覚が直で伝わってくるから、こっちの方が爽快で好きである。


 そして俺は次々に襲い掛かってくるモンスターたちを撲殺していった。

 

 ダンジョンの床に血の池が出来始めたころ、モンスターたちの骸の山が出来ていた。


「……ふう、そろそろ休憩とするか」


 一息つき、懐からコンビニ弁当を取り出す。

 手ごろに座れる場所はないかと周りをきょろきょろと探し、俺はモンスターたちの骸の山の上に辿り着いた。


「ここなら丁度いい」


 骸の山にいたレッサードラゴンの角の上に腰を下ろす。

  

 一息ついた俺は弁当を開け、もにゅもにゅと総菜を頬張りだした。

 

「うーん、旨い」


 やっぱり一狩りした後の飯は最高だ。

 

 ぷしゅ、と買ってきたコーラを開ける。

 

 一口唐揚げを頬張り、飲み込む。

 

 そしてコーラを喉に流し込む。


「ぷはー!最高だな!」


 炭酸が喉の脂を流し、程よく刺激する。

 最高の感覚に目を細める。


 しばらくそうして弁当を食べていると、どこからか声が聞こえた。


「おーい、いっしょに弁当を食べてもいいかい?」


 うん?

 誰だ?

 

 いや、この声は……あいつか。

 なんであいつがここに……。

 

 はあ、と若干げんなりしつつ俺はドラゴンの角から少し腰をずらし、彼が座れるスペースを作る。


「どうぞ」


「どーも、ありがとね」


 そして、彼は警戒にモンスターの骸の山を登ってきて、ドラゴンの角に座った。


「いやー、モンスターの骸に黒髪美少女、映えるねー!」


 そう言ってカメラのポーズをとる彼は、俺の同業者である三日月 紫耀ミカヅキショウ

 彼は俺と同じくS級ハンターだ。

 金髪の髪に、青い瞳が特徴的な人だ。

 そして腹立たしいことに中々のイケメンである。


 また、なぜか俺に付き纏ってくる変態ストーカーである。


 なんかある日、コイツが俺の前に現れて、「ずっと前からファンでした!」だとか言ってきて、それ以来俺の事をストーキングしてくる変態である。

 全くの意味不明である。


 何がファンだ。

 俺のどこを好きになるっていうのやら……。

 本当に何を考えてるのか分からん。


 なんでこんな奴がイケメンなんだよ……。

 てかなんでこんなイケメンが俺なんかをストーキングしてんだよ。

 本当になんでだろうね。

 

「それ美味しそうだね」


 そう言ってこちらの弁当をジロジロとみる彼。

 

「……そんな目で見てもあげませんよ」


「ええー、ケチー」


「ケチって言われてもダメです」


「チッ」


 あ、舌打ちしたな。


「あーあ、黒彗星さんが食べた物を食べたかったのに」


「キッモ」


「そんなこと言うなよー」


 そして、しばらくそんな会話をしてるうちに三日月さんも懐からコンビニ弁当を取り出して食べ始めた。

 そうして互いに黙ってもしゃもしゃと弁当を食べた。


 しばらくそうして弁当を食べていると、三日月は神妙な面持ちで口を開いた。


「ねえ、黒彗星さん。最近メガカンパニーが怪しい動きをしてるって知ってます?」


「ん?メガカンパニーが怪しい動き?テックボルトが?」


「いや、テックボルトじゃない方。電槌です」


「へえ、そりゃまた電槌がどんな怪しい動きをしているっていうんだ」


 そして、三日月は語りだした。


「最近電槌が外部から神経にコネクティングして情報を逆流入させる技術を開発してるって噂があるんだけど……」


 神経から情報を逆流入させる技術。


 それは、言葉の通り外部から神経を通して、脳に信号を送る技術だ。

 すなわち、当人が出来る以上のスキルを、機械が脳に刺激を送る事によって可能にする技術という事。


 例えるならば、けん玉が滅茶苦茶苦手な人でも、その技術さえあればプロ並みに上手くなる、って感じだ。


 でも、そんな技術ずっと前から研究されていたんじゃないのか?

 確か俺が装着してるクレイもそれ関連の技術だった気がするし。

 ああ、でもクレイは特例か。

 俺しか適合者がいないし。


 じゃあ、なにが問題だって言いたいんだ、この男は?


 そんな俺の疑問を察したのか、三日月さんは答えてくれた。


「ああ、確かにテックボルトもその技術は研究しているんだけどね……でももともとこの技術は100年後の技術だと思われてたんだ。

 でも、つい最近電槌がそれをついに実用化までもっていったって噂があるんだ」


「へー、そりゃまた凄いな。でも別にそれなら何も問題なくないか?」


「それが一つ問題があってなんだけどね、電槌内でもそれを実用化する事に反対する派閥がいるらしいんだ」


「反対する派閥?」


「あれさ、それを完全実用化するまでに大量の生贄が必要っていういつものお決まりパターンさ。それを非人道的だと言って反対するわけなのさ、彼らは。

 反対派閥の筆頭は仙場派との事らしいです」


「ああ、なるほどね」


 仙場ってあの仙場悠馬の仙場か?

 確かあの人の父親って電槌の役員とかだった気がする。


 一通り彼の言っていることは理解した。 

 でも、一つ疑問も残る。


「これまた、どうしてそんな話を俺に?」


「ほら、単純に今電槌に近づくのは危ないですよ、って教えてあげたかったんですよ」


 そして胸に手を当て、身をくねらせる。


「ほら?ストーカーたるもの?ストーキングする相手には有用な情報を伝えて少しでも、好印象を残したいものなんですよ。

 全く、黒彗星さんは分かってないんだから」


 そういいながら相変わらず身をくねらせる三日月。 

 うん、キモイな。


「……キモ」


「ひ、酷い!?さすがに頑強なハートの俺でもそれは傷つくよ!?」


「先ずストーキング行為を自分自身で認めてる時点でキモい」


「ええ!!???」


 そして、彼はめそめそとオーバーリアクション気味に泣きまねをしだした。


「うう、酷い……せっかく黒彗星さんの役に立つかなって思って集めてきた情報なのに……危険を顧みず集めてきたのに……」


 ぽろぽろと涙を流す彼。

 

 うう……そんなこと言われたらこっちが悪いみたいじゃないか。


 全く、居心地が悪い。


 仕方がないので俺は謝ることにした。


「はあ、キモいはなかったな。すまなかったよ。

 まあ、その、なんだ、有益な情報を集めてきてくれてありがとな」


 その言葉を聞いた彼は、ぱあと顔を明るくさせた。


「いやー、そんなこと言われたら嬉しくなっちゃうなー!」


 うーん、やっぱりキモいかも。

 

 はあ、全く、なんで俺はこんな奴にストーキングされているのやら……。 

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