選択 4

「あれから両親に相談したら親戚の叔父さんの所に住み込みでどうかって連絡とってくれたみたいで」


 俺は廊下の窓側へと歩きながら「そう……なんだ」と曖昧に頷いた。

 昨日のことがまだ俺の中でうまく整理出来ていない。それにあまりに唐突な話だ。

 アマツカは「ここなんですけど」と紙を差し出す。会社の募集要項をまとめた資料のようだ。

 場所はここからかなり遠い。電車通学になるだろう。それでも……


「条件に色々と思う所はあると思います。でも、命の危険はあの仕事異端審問官よりずっと無いはずです」


「……そうだね」


「昨日、先輩戦いたくなさそうでしたから」


 うん、と答え俺は窓から中庭へ視線を落とす。直近の問題だったてるてる坊主は倒したからチームの次の標的はあのネズミの邪神になるだろう。昨日よりもずっと苛烈な戦いになるはずだ。


(痛いのも、辛いのも、嫌だ)


 俺は「信仰を試されている!」と叫び本当に命を落としたあの人みたいには、この仕事に命を賭けられる気がしない。どこかできっと昨日のように躊躇う。

 もちろん、キドウさんやチームの先輩方、教会の人たちにもお世話になった。その人達がネズミの被害を受けるかもしれない、と考えると心曇る。


(それに捨てられたくない)


 活躍して、俺は使えるという事を証明したい。


(でも、どこかでこうなるかもしれない、と一線引いていた所もある)


 食堂で話しかけられた時も、チームの先輩達と話す時も、どこかで俺と考え方が違う人たちだとうっすら思っていた。


(教会の為ならと命すらなげうつ狂信者には付き合いきれない)


 命あってこそ。生きてるだけで儲けものだ。


「すぐに答えを出すのは難しいと思います。叔父さんの方もいくらでも待って下さるそうなので」


 顔を上げ「あぁ」と呟いて答える。


「ありがとう」


 アマツカは「いえ」と首を横に振った。


「もし異端審問官になったのが先輩の望んだ事でないなら、こっちに来てください」


 アマツカはそう言って俺の服の裾を握り俯いた。


「アマツカ?」


「色々とすごく心配です」


 そう言ってアマツカは顔を上げる。眉尻が下がり、辛そうな表情をしている。

 俺は「うん、ちゃんと考えとくから」と答え小さく頷く。そのタイミングでアマツカの背後から担任が廊下を歩いてくるのが見えた。


「ほら、もう本鈴なるからーいちゃついてないで帰りなー」


 アマツカが振り返り「すいませーん! 帰ります!」とはっきりと答える。

 もうそんな時間らしい。


「色々とありがとう。ゆっくり考えてみるよ」


 と、俺は貰った紙を軽く振って見送る。


「はい。じゃあまた」


 駆けていくアマツカの背中が見えなくなってから俺は教室へと戻った。

 席に座ってこの職場を調べてみよう、とスマホを開いた時だった。

 ニュースアプリの通知が目に入る。


「ネズミ型の神性体に襲われた意識不明の重体だった男性が昨晩……亡くなった」


 二日前の夜、アマツカが意識不明の重体の方がいる、と言っていた。その人だろう。それ以外の記事も流し読みしてみる。ネズミの邪神が討伐されたという報告もなければ、どこかで見たという情報も無い。


(恐らく隠れている)


 目を瞑って思い出すのは突かれた瞬間にした匂い。

 あの匂いには確かに覚えがあった。

 でもそこにいる確証はない。そして確かめる為、あの化け物がいるかもしれない場所に命をかけてまでは近づきたくない。


「くっ」


 頭を抑えた。蓋をしたはずのあの日の記憶が蘇ってくる。


「走って! 走って! そのまま真っ直ぐ!」


 泣いているかのような声が響く。前を懸命に走る姉貴の小さな背中が見えた。走りながら時折目の辺りを腕で拭う動作が入っている。

 俺は走る母に抱えられたまま揺られていた。母の息は荒く額に前髪が張り付き汗が滲んでいる。かなり進んだはずが出口の気配はまるでない。


「お父さんは?」


 声変わりもしていない頃の俺が心配そうに母に聞く。


「後ろでみんなを案内してるから。後で会おうね」


 その時「大丈夫?」と誰かが俺の肩を叩いて、意識が現実へと戻ってくる。


「あぁ、大丈夫。ちょっと頭痛がしたけど、治った」


 顔を上げてゆっくりと息を吐く。

 隣のクラスメイトが心配そうな表情をしながら俺の顔を覗き込むように見えていた。


「そっか。疲れてるのかもね。一応痛み止めあるけどいる?」


 俺は首を横に振る。あれに関係する記憶にさえ触れなければ恐らく問題はないだろう。


「多分、大丈夫だからありがとう」


 隣のクラスメイトは「そ」とだけ言って前を向く。ホームルームが始まり俺もスマホの電源を落とし前を向いた。


「さてと、研修始めようか!」


 学校を終えた俺は会議室にキドウさんと共にいた。異端審問官の寮がある敷地内の建物の一つだ。

 前のホワイトボードに色々な紙が貼られている。恐らくそれが研修内容なのだろう。


「よろしくお願いします」


 俺は椅子から立ち上がりお辞儀をする。何も言われてないけれど一応メモ帳だけは持ってきた。


「そんな畏まらんでええで。実戦と違って気楽に覚えてけばいいから」


 さて、とホワイトボードに貼ってある紙の一つに指示棒を指す。


「まずは基本のこれからやな。神性体は核を潰せば活動を停止する!」


 昨日、キドウさんが言っていた核を潰す、という事だろう。神性体の明確な弱点だ。


「それでや。これが昨日のてるてる坊主の核や」


 三十センチほどの紙で作られたてるてる坊主。顔にはマジックペンで少女漫画のような大きな目とハイライトが描かれている。小学生らしい可愛いてるてる坊主だ。


「神性体の核は必ず残る。そして、より強力な神性体になると死んだ後でも体の一部に残った信仰の残滓が聖遺物となって残ることがある。まぁ遺物が残るくらいの神性体ともなると第三席以上の出番やろうけどな」


 ノートに言われたことを書いていく。

 聖遺物。核。


「この核を用いて異端審問官の武器。神器を作る。信仰心を打てる特別な鍛冶に頼む必要があるけどな。このてるてる坊主の核を使ってカネイト君の武器も後で作ってもらうから。これを作った小学生たちにお別れした後になるけどな」


 てるてる坊主の武器……か。やめようかな、この仕事。


「さて、じゃあ何で異端審問官に神器が必要か。簡単に言えば神性体に物理的な攻撃は効かない。核ミサイルでも多分死なない。吹っ飛ぶとは思うけどな」


「え」


 じゃあ昨日の蹴りは全て無意味だったということか。


「ただし神性体に効くものがこの世に二つある。神器と手、正確にいえば生身の体。靴やグローブがあったら効かないって事やな」


 それを聞いて思わずため息が出た。

 昨日の道化っぷりを思い出したからだ。


「やけど、昨日のてるてる坊主くらいなら蹴っ飛ばして先輩達に処理してもらう事だって出来るから、蹴ったんもそんな無駄やなかったで?物理攻撃がダメージにならんってだけで、蹴れば飛ぶし撃てば穴がちゃんと空く」


「はい」


 どんな強大な神性体でも核さえ潰せれば倒せる。ノートにそう書いてペンを置き手を上げた。


「その核の場所は神性体によってまちまちなんですか?ランダム?」


「基本的に真ん中。大体動物っぽい見た目やと頭か腹。人型に近づくにつれて心臓の所や胸の中心になってたな」


「ありがとうございます」


「他にここまでで質問あるか……」


 その後もしばらくこんなやり取りが続き全ての研修を修了する。

 時計を見上げると十時を過ぎていた。夕方からなので、かなり長い間会議室にいたようだ。


「終わったー!」


 伸びをして会議室から食堂に向かい一人晩飯を食べて部屋に戻った。何気なくベットに座りスマホを触っていた時、ふと朝アマツカに教えてもらった会社を思い出す。

 会社の名前で調べると下の方に一応公WEBが出てきた。大型金属加工の工場勤務らしい。やはり住み込みという所が魅力的だ。


「どうするべきなんだろうなー」


 スマホを置いてベットに寝転がり天井を見上げる。ここに来て三日目。このベットにも慣れた。飯は相変わらず美味く必ず食べきれないほどある。あの頃には想像も出来なかったような暮らしだ。

 寝返りを打って近くに置いたバックから先ほど書いたメモ帳を取り出す。


「祈られた願いによって神性体の気性も変わる。てるてる坊主に天候を変えられるほどの力もない。人を襲う理由もないやろしな。せいぜい雨の日と遠足が被ったら学校で暴れて延期にさせる位やろ。晴れたけど」


 キドウさんはそう教えてくれた。

 だったらあのネズミの邪神は何を願われたのだろう。明確な殺意を持ったあの化け物は。


 翌日のこと。

 俺は時間を確認するついでに何気なくネットニュースを開いて言葉を失った。


「ネズミ型の神性体による新たな被害か」

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