第49話

地下の崩壊は聖堂だけではなく、宮殿全体に影響を及ぼしているらしい。

 マクシミリアンは、すでに宮殿を放棄することを宣言していた。もともと都を別の地に定める構想を持っていたらしい。


 オデットは屋敷の窓から宮殿の方角を眺めていた。まだその原型を留めているが、やがて放っておいても崩れ、いつかその地にあったすべてのものを思い出さなくなるのだろう。


 ユリウスは、地下から脱出した直後に倒れた。

 目の前で意識を失ったユリウスを見て、オデットは半狂乱になったが、医師から、呼吸はあるし心臓も動いていると言い聞かされ、それからは家に戻り、片時も離れず看病をしている。


「どうして目を覚まさない? お前の医者の腕は確かなのか?」


 その日、様子を見に来ていたマクシミリアンに、オデットは不満をぶつけた。


「知るか! これは医者の専門外だ。地下の魔物に直接触れて毒気にあてられたんだろう。ああ、ひとついいことを教えてやろう。眠る騎士を目覚めさせるのは、お姫様からの接吻って決まってるんだ。試してみるといい」


 投げやりな発言をし、マクシミリアンは去っていく。

 

 夫婦の寝室に静寂が訪れる。冗談の通じないオデットは、それから一刻の間、眠るユリウスの唇を食い入るように見つめていた。

 悩みに悩んで、覚悟を決めて唇を寄せようと距離を縮めていくと、形の良いそれが目の前で動き出す。


「……オデット……何をしているのですか?」


 ごまかすように、寝台に顔を埋め、聞こえないように呟いた。


「……絶対に許さない」

「オデット、どうしました? どこか具合が悪いのですか?」

「なんでもない。具合が悪かったのはお前の方だ。三日も眠っていたんだ。今、医者を呼んでくるから動くなよ」


 赤くなった頬を隠すように、オデットは部屋から逃げ出した。

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