第48話

目の前で起こったことが信じられない。ユリウスがいたはずの場所が、もう完全に闇に覆われてしまっている。おぞましい闇が暴れ、ユリウスの身体を食らいつくしているように見える。


「離せ……今すぐ離せ。まだ間に合うかもしれないから。お願いだから離して、あっちに行かせて」


 オデットは暴れ、マクシミリアンを叩いた。しかし彼はぴくりとも動かない。


「言っておくが、勝算ゼロの戦いは挑まない主義だ」

「え?」


 直後、黒い闇の動きが止まった。

 爆発するように闇が霧散し、散った闇の中からユリウスがしっかりと二つの足で立って現れる。その手に握られていた短剣は、陥落の日にオデットの手から、「ジョン」に渡ったものだ。


「あの短剣、なかなか強力な魔具だったらしいな。俺達があの場に辿り着けたのも、あれのおかげだ」

 

 そこでようやく、マクシミリアンがオデットを地に降ろしたので、夢中で駆けだした。


「ユリウス!」


 胸に飛び込み、思いのたけをぶつける。

 

「お前はばかなのか? どうしてだ? どうして、愚かなことを、わたくしのために……」

「ご心配おかけして、申し訳ありません。貴方が無事でよかった」


 はらはらと泣き出したオデットの零れ落ちた涙をすくい取るように、ユリウスは頬に口付けをしたあと、強く抱きしめた。


「おい、ほどほどにしておけよ。崩れるぞ」

「そうですね、行きましょう」


 ユリウスに手を引かれ、オデットは地上へ向かい歩き出した。


 崩壊の音は、誰かの泣き声のようにも聞こえる。嘆き、悲しみ、オデットを呼び止めている。でも振り返ることはできない。


 全員が地上に出ると、目の前で聖堂は完全に崩れ落ちていった。

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