第38話

数日後には、下街の女の理髪師がやってきて、オデットの真っすぐで長い髪は、胸のあたりまでの長さに切りそろえられた。


「いかかですか? お嬢様」


 オデットが何者なのか、詳しく事情を知らないらしい理髪師に対し、ぼろがでないように黙ってこくりと頷く。


「いいわ! たいへんお似合いだと思いますよ。お嬢様」


 ハンナも口を利かぬオデットの態度が不自然にならないように、大袈裟に賞賛の声をあげてくれた。

 差し出された鏡の中の自分を見ても、悪くないと思う。

 実際に立ち上がって動くと、その軽さに驚いた。気分は、綿毛のように飛んでしまえるのではないかと思う程、ふわふわとしていてなぜかくすぐったい。

 


 その日、仕事で不在だったユリウスは、いつものように夜になってから帰宅した。


 馬車が到着したのを見て、オデットはこの家に来て初めて、出迎えのために玄関に足を運ぶ。ユリウスが手配してくれたことだから彼に真っ先に報告すべきだと、自分に言い訳をしながら。


「戻りました」


 お帰りなさいという言葉を言えばいいだけなのに、なかなかうまくいかない。おどおどとしていると、ユリウスが手のひらに載る小さな箱を差し出してきた。


「今日は土産があるんです。新しいあなたへ、これを」

「なんだ?」

「どうぞ、開けてみてください」


 言われたとおり、オデットは箱を受け取り開けた。中に入っていたのは銀細工の髪飾りだった。

 花の形を模っているのは、細工された夜光貝だろうか、小さいが真珠も使われている。


「高価なものは身に付けたらいけないのではなかったか?」


 決して贅沢をさせてはいけない、マクシミリアンからそういう命令を受けているはずだった。


「以前の貴方が持っていたものと比べたら、これは高価ではありません。騎士の妻に相応しいものです」

「そうか……」

「髪型、とてもよく似合ってますよ」

「………………ありがとう」


 小さく礼を言うのが精いっぱいで、オデットはその場に留まることに耐えられず、髪飾りをそっと抱えて部屋に逃げ帰った。


 勘違いしそうだ。ユリウスがオデットに優しくする気持ちに、裏も表もないのではないかと思ってしまう。


 人に見られるかもしれない昼間のドレスは質素なものしか与えないくせに、ナイトドレスは最初から絹の上質なものだった。

 寝台が狭いとオデットが言ったら、大きな寝台をいつの間にか用意していた。

 ハンナの仕事を少しずつ手伝うようになっていたら、いつの間にか鏡台の前に手荒れに効くクリームが置いてあった。

 今もきっと、オデットが寝たふりをするのを待ってくれている。


(優しくしないで……惑わせないで)


 全部今更なのだ。過去は変えられない。ユリウスがマクシミリアンの内通者でオデットと父を騙していたことに変わりはない。


 もし、今にも溢れそうなこの気持ちをオデットが認めてしまえば、今度は自分の中の罪悪感と戦うことになってしまう。

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