第37話
ユリウスが戻らぬまま、就寝時間がやってくる。
日中昼寝をせずに動いたおかげで、この日は身体に心地よい疲れを感じていた。今夜は眠れるだろうとオデットは一人寝台で横になってみるが、すぐに甘かったと気付く。
寝台の中で耳を塞いでも、やはり聞こえてしまう。唸るような「大地の声」が。
(ひとりは嫌だ……)
なかなか暖まらない布団の中で、自分を守るように丸まっていると、外から馬車の走る音が聞こえてきて、オデットは飛び起きた。
ユリウスが戻ってきたのかもしれない。
反射的に部屋を飛び出そうとしてしまうが、そんな自分を自制して、寝室にある小さなテーブルの前で、冷静になろうと本を広げてみる。
どうせ、すぐにここにはこないだろう。そう考えていたが、間を置かずユリウスが寝室に入ってきた。
「どうしたんだ? そんなに急いで」
少し息を切らして現れたユリウスを見て、何かあったのかと身構える。ユリウスは大股でオデットに近付き、当たり前のように抱き寄せてきた。
「今日はハンナの手伝いができたとか?」
開口一番にそんなどうでもいいことを言いだす。
帰宅してすぐに、ハンナとユリウスが自分のことを話していたのかと思うと、面白くない。
「子供でもできることが、わたくしにできぬわけがないだろう。大袈裟だ。騒ぐことではない」
「ありがとうございます」
なぜ、お礼をいわれなくてはいけないのか。抗議の意味で睨んでもユリウスは気にすることなく、抱きしめながら、子供を褒めるようにオデットの頭を撫でる。
「やめろ!…………っ痛」
恥ずかしくなって無理やり腕から逃れると、オデットの長い髪はユリウスの上着の釦に引っかかってしまった。
「動かないでください、今取りますから」
ユリウスは、釦に絡んだ髪を丁寧にほどきはじめる。
「オデット、あまり離れないでください。引っ張られてやりにくいです」
距離を取ろうとすると、ユリウスに注意されてしまう。
「切ってしまえば?」
はやく逃れたいオデットはついそんな提案をしてみたが、ユリウスは真面目な顔で言った。
「大事な髪にそんなことできません」
「……髪を切ろうかと思う。ひどく邪魔だから、ハンナと同じくらいにしたい。そうすれば……」
「そうすれば?」
ユリウスは一度手を止めると、オデットに期待するような瞳を向ける。
そうすれば、何かが吹っ切れる気がした。しかしそれを口にするのは、ユリウスの思惑に乗ってしまっているようで癪だ。
「よくわからないけど、とにかく髪を切る」
許可などいらない。これは決定事項だ。髪を伸ばすのも短くするのも、オデットの自由なはずだ。
「わかりました。明日、理髪師を手配してみます」
「わざわざそんなことをしなくても、今ついでに切ってしまえばいいのではないか?」
「絶対にやめてください。ほうきのような頭になってしまうかもしれませんよ」
真剣に諭されたので、オデットは素直に従うことにした。
ちょうど、器用なユリウスの手によって、釦にからんでしまった髪は切らずに取ることができ、オデットは無事解放される。
その晩、ユリウスの寝支度が整うのを待って二人で寝台に入ると、すぐに眠気がやってきて、オデットは悪夢にうなされずに眠りに誘われていった。
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