第6話 魚を釣る灯台守

「さあ、今日は波が穏やかそう。お魚釣れるかしら!」


 いつものように目覚めたベニーは、眼下に広がる海を見つめて思わず叫んでいた。

 先日は波が荒れていたので、とてもじゃないけれど釣りができそうになくて悲しかったからだ。

 ここまでベニーがおさかなに執着する理由は何か。それはただ単に食べたいだけである。

 毎日肉と野草では飽きてくるというもの。違ったものを食べてみたいとは、たいていの人が思うことなのである。

 ましてやここは海に面した場所なのだ。魚はどうしても時折食べたくなるのである。


 掃除と洗濯を終えたベニーだったものの、薬用の草がなくなってしまっていたことに気が付いた。


「うっ、結局お昼のお魚はお預けか。しょうがないなぁ、草でも摘んできましょう」


 調子に乗って作っておいた薬を、先日の港町への訪問の際にうっかり全部昼度に納品してしまったのだ。おかげで自分用のストックすら切れてしまっている。

 やらかしてしまったことに対し、ベニーは大きなため息とともに項垂れてしまう。

 次からは自分用の薬は別に保存しておこう。そう強く誓うのだった。


 お昼を済ませて薬を調合したベニーは、ようやくお待ちかねの魚釣りに取り掛かる。

 だが、一体どこからどうやって釣るというのだろうか。

 ベニーの住んでいる灯台は、岬の先端にある。周囲はかなり高い崖になっている。普通の釣り竿では、釣り針が海面に届かない。

 そう、普通の釣り竿ではね。


 道具をしまい込んだ倉庫の中を漁るベニー。しばらく探していると、ちょうどいい感じの棒きれが出てくる。


「うん、程よい長さ。おじいちゃんから教えてもらった魔法は、何も生活の役に立つものだけじゃないもんね」


 ベニーは灯台の途中にあるバルコニーに姿を見せる。

 薬の調合をしていたこともあってか、日の光は段々とその位置を低く変え始めている。

 バルコニーの手すりから棒を差し出し、えいっと力を込める。

 ベニーの両手が光り、糸のようになって棒を伝っていく。

 これは、灯台暮らしを始めたベニーの祖先が編み出した魔法である。

 今回のベニーと同じように、魚が食べたくて仕方のなくなった先祖がいたのだ。

 ところが、その時には初代の灯台守が持ってきていた釣竿は朽ち果ててしまい、まったくもって使い物にならなくなっていた。

 そこで困ったご先祖様がどうしたかというと、自分の魔力を糸にして海に垂らしたのである。自分の魔力で作った糸であるので、強度も形状もいじりたい放題なのだ。

 それ以降、釣竿の棒の部分は近くの森で調達し、糸と針の部分は自分の魔力で形成するというのがお決まりとなったのだ。


「ふ~んふ~んふ~~ん」


 ベニーの鼻歌が灯台に響き渡る。その声の調子からするに、とても楽しそうなことがよく分かる。

 とはいえ、この灯台の周りにはたくさんのカモメが飛んでいる。


「あ~、また私の釣る魚を狙っているわね。そうはいかないからね」


 釣りの準備をしたあたりから集まっていることには気が付いていた。だけど、そのための対策をしていないベニーではなかった。

 カモメ対策だって祖父から聞いているし、その実演だって目の前で見ている。なにも抜かりはないのだ。

 ベニーは魔力で作った糸を海へと垂らす。

 灯台のバルコニーの真下は海。ちょっと心配になりそうなのだが、灯台は重要な場所ということで魔力で強化してある。ちょっとやそっとでは崩れないので、安心だ。

 これもすべてはご先祖のおかげ。いろいろ知恵を振り絞ってこの場所を維持してきたのだ。

 波の音とカモメの鳴き声だけが聞こえる昼下がり。ベニーはじっと魚がかかるのを待っている。


「ま~だっかな~」


 さすがにちょっと我慢が利かなくなってきたのか、ベニーは足をタンタンと動かし始める。

 その時だった。

 ピクリピクリと竿がたわむ。

 ベニーは魔力の糸に微弱な魔力を流し込んでいく。

 釣り糸は無属性の魔法だが、今流しているのはちょっと特殊な魔力だ。

 慎重に魔力を先端まで届かせる。


(ここよっ!)


 魔力を爆発させると、先程までの竿のたわみが小さくなる。どういうわけか、逃れようとする魚が抵抗をやめたのだ。

 竿を固定して、魔力の糸を頑張って手繰り寄せるベニー。糸の周りにはカモメ除けを発生させる。

 なにせ海面からバルコニーまでは相当な高さがある。高所恐怖症であれば、おそらく卒倒しそうなくらいの高さだ。

 ようやく海面に先程の魚が姿を見せる。

 その瞬間を狙って、カモメが魚を横取りしようと突進を始める。


「あっまいなぁ~」


 ベニーは糸周りに発生させたカモメ除けの風の筒の中に、別の風魔法を発動する。

 海面からバルコニー方向に向けて、一気に風が舞い上がる。

 風に巻き上げられた魚が、一気にバルコニーにいるベニーのところまで飛び上がってきた。この突風の速さには、さすがのカモメも対応できない。

 飛び上がってきたところで、魚を収納魔法へと放り込んで完了である。

 ベニーは勝ち誇ったかのように、カモメに向けて指二本を立てていた。

 負けて悔しそうなカモメは、そのまま沖の方へと飛び去って行った。


 無事に釣りを終えて、今日の夕ご飯には久しぶりの焼き魚が並ぶ。

 食べたかった魚にありつけたベニーは、とてもご満悦な様子でご飯を頬張っている。

 ベニーが幸せをかみしめている頭上では、今日も導の灯が海の平和を守っているのである。

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