第7話 服を受け取りに

「今日は久しぶりに港町へ行くわよ!」


 ベッドから起き上がったベニーは、左手を腰に当てて、右手の人差し指を伸ばし、足を開いて右ひざを曲げた謎のポーズで宣言している。

 反応する人も誰もいないというのに、どうしてこんなに大きな声で宣言をしているのか。

 それはともかくとして、今日はベニーは港町に向かう予定である。

 理由としては、先日頼んだ服や靴ができ上がる日だからだった。

 七日間もあれば、ベニーの手元には魔物の素材や薬もかなり溜まってくる。定期的に売りに行かないと在庫が溜まるばかりなので、実にちょうどいいというわけだ。

 朝食を食べて、洗濯ものだけは済ませたベニーは、灯台を囲む結界魔法を念入りにチェックして港町へと出かけていった。


 相変わらず港町までは遠いのだが、毎日のように灯台の階段を上り下りしているベニーはまったくもってへっちゃらといった感じだ。

 灯台を出た頃は、まだまだ低い位置にあった太陽だが、今はもうかなり高い位置にまで昇っている。灯台から港町まで半日というのは、あながち大げさな話ではないようだ。

 ベニーは港町にやってくると、まずは商業ギルドに寄る。ここでいつものように魔物の素材と薬を売るのだ。

 今日は先日よりは薬の数が少なめだったが、それでもかなりの金額になる。

 なにせこの薬は、港町に住む人たちだけではなく、それ以外の人たちも重宝しているもの。それゆえに、結構なお値段になるのである。


 商業ギルドを出たベニーは、お腹が鳴ってしまう。

 つい照れ笑いをしてしまう。


「パンを下さいな」


「ベニー、今日も来たのかよ」


「マストン、来ちゃ悪いの?」


「い、いや。別に……」


 ベニーに言われて口ごもってしまうマストンである。

 わけのわからない態度を取るマストンを無視して、ベニーはオールに声を掛ける。


「オールさん、パンを下さいな。いつもの丸パンを四つ」


「あいよ、ベニーちゃん。ちょっと待っててね」


 注文を受けたオールは、ごそごそと何かをしている。振り返ったかと思うと、かごの中にパンが入っているではないか。

 丸パンは一個だけでも結構大きい。ベニーの握りこぶし二個ほどある。かごに入れないと持ち帰れないのは火を見るよりも明らかなのである。


「持ち帰りは大変だからね。今日はかごに入れておいてあげたよ。両手は塞がっちまうけどね」


「ありがとう、オールさん」


 嬉しそうに笑うベニーは、早速パンの代金を支払う。もちろん、さすがにかごをただでもらうわけにはいかないので、それも含めた金額で。


「それでは、私はこれで行きますね。オールさんのところのパンはおいしいですから、また買いに来ます」


「あいよ。気を付けてね」


 笑顔で手を振りながら、ベニーはパン屋を去っていった。


 パンを頬張る前に、服飾店へとやって来たベニー。

 入口のドアを開けると、取り付けられたベルが鳴る。


「あら、ベニーちゃん、いらっしゃい」


「こんにちは、クロエおばさん」


「先日の服だったら、できているわよ。奥に来てちょうだい」


 さすがは港町一番の服飾店で、祖父のお気に入りのお店である。服がちゃんと仕上がっているようだ。

 今回は服と肌着が三着、靴が二足である。寝間着はまだ大丈夫のようなので、また今度といったところだ。

 でき上がった服を試着してみるベニーだが、どうやら服は少し余裕がある感じで作られているようだった。


「結構可愛い感じですね」


「まあね。ベニーちゃんは灯台守とはいっても、やっぱり年頃の女の子だからね。もちろん、動きやすさも考えてあるよ。灯台の昇り降りに森での採集や狩りもあるんでしょ?」


「ええ、そうですね。本当は動きやすさだけでよかったと思うんですけど」


 照れくさそうに頬をかきながら話すベニーである。

 ほとんど祖父と二人暮らしだったので、こんな感じで話すのも仕方がないのだろう。

 でき上がった服の試着も終わり、ひとまず着てきた服に着替える。

 古い服は引き取りもしてくれるのだが、ベニーは断っておいた。なにせ、祖父との思い出が詰まった服なのだから、そう簡単に手放したくないと思われる。

 クロエもその気持ちが理解できるので、あまりしつこく言うことはなかった。


「大丈夫? 持って帰れそうかしら」


「大丈夫ですよ。私にはこれがありますし」


 結構な量の荷物になったので、クロエがベニーのことを心配している。

 ベニーがそういうと、差し出した右手の上に妙な空間が現れる。灯台守の便利魔法のひとつ、収納魔法である。

 この収納魔法があるからこそ、少女一人でも余裕のある暮らしができるのである。

 ただし、ベニーの使う収納魔法はまだまだ容量が小さく、一度に運べる量は馬車一台に足りるかどうかくらいだ。それでも、普段の生活であればまったく余裕のある容量である。


「そうかい。だったら、気を付けて帰るんだよ。慣れた道とはいっても、かなり距離があるんだからね」


「はい。お気遣いありがとうございます」


 ベニーは元気よく返事をしていた。

 服の代金を支払い、ベニーは灯台へと向けて戻っていく。

 新しい服と靴が手に入ったこともあって、その足取りはとても軽やかだった。

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