第5話 服を注文する灯台守
港町の中を嬉しそうに歩いていくベニー。
町の中の地面は石畳が敷き詰められている。その上を木靴で駆けていくので、コツコツといい音を響かせている。
この木靴も、亡くなった祖父から贈られたものだ。しかし、ずいぶんと使い込んでいるので、ところどころに穴が開きそうになっている。
「よう、ベニー。今日は町に来てたのか」
「こんにちは、マストン。着ているものがちょっと古くなってきたから、新調しようかと思ってね。一人で暮らしているとはいっても、やっぱり身だしなみくらいはきちんとしておきたいでしょ」
「お、おう。そうだな」
笑顔で話すベニーに、マストンはちょっと驚いているようだった。
マストンはベニーがひいきにしているパン屋の息子だ。元気盛りの彼はやんちゃなものだから、服装にはかなり無頓着なのである。
「でも、なんでまた急に」
「だって、私の場合は灯台で一人暮らしじゃないの。マストンたちみたいにいつでもすぐ調達できるってわけじゃないでしょ? だから、いつダメになっても大丈夫なように、予備を持っておこうってわけなの」
「あ、ああ。そういうことなんだな」
理由を聞いて、一応マストンは納得がいっていたようだ。
「それじゃ、クロエおばさんのところに行くんだな」
「やっぱりそうなるかな。おじいちゃんもよく使っていたお店だし」
マストンから出てきた名前に、ベニーはちょっと悩んだように反応している。
たまに来るとはいっても、さすがにほとんど覚えていられないのだ。
ベニーは基本的にずっと灯台と近くの森でしか活動していない。こうして港町に出向くのも稀なのだ。
そのような頻度であれば、人の名前や顔を覚えられるわけがない。
では、なぜマストンのことをきちんと認識しているのか。
それは、マストンの母親であるオールが時折灯台にパンを届けに来るからだ。オールにはほぼ確実にマストンがくっついてくる。そのためにベニーもマストンを覚えているというわけなのだ。
とはいえ、ベニーからすればマストンはただのオールのおまけ。何かついてきているなという程度の認識しかないのである。
「よし、それじゃクロエおばさんに会いに行きますか。それじゃあね、マストン」
「あ、ああ」
元気よく手を振って走り去るベニーを、マストンはただ見送ることしかできなかった。
港町のよく目立つ場所にあるクロエの営むお店。ベニーはそこへと入っていく。
「クロエおばさん、お久しぶりです」
「あらあら、ベニーちゃんじゃないの。今日はどうしたのかしら」
入口のベルを鳴らしながら、ベニーが建物に入ってくる。
クロエの質問に、ベニーはすぐさま答える。
「はい、服と靴を新調し来ました。使い込んでいるので、そのうち穴が開きそうですからね」
ベニーはそう言いながら、左足を上げてつま先などを見せる。確かに削れていて、いつ穴が開いて崩壊してもおかしくない状態だった。
「うん、服も確かに穴が開き始めているね。でも、このくらいなら補修すればいいと思うんだけど」
「それが、こっちだけじゃないんですよ。家に置いてきている方も穴が開き始めてましてね、同時に穴が開いちゃうと着る服がなくなっちゃうんですよ。私、お裁縫できませんしね」
ベニーは困り顔でクロエに事情を説明している。
そのただならぬ状況を聞いて、クロエは仕方ないと店内を見回している。
「そうね。じっくり見ると服のサイズも小さくなってきているみたいだし、新調に応じましょう」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてお礼を言うベニー。
「ところで、お金はあるのかしら」
「お金ならあります。今日は獲れた素材を換金するために商業ギルドにやってきましたからね」
「獲れたって……、ベニーちゃんは猟が得意なのね」
にこにことした笑顔で話すベニーに、どことなく表情を引きつらせている。
ベニーはクロエの反応が理解できないのか、笑顔をまったく崩すことなく顔を向けている。
「はい、おじいちゃんから教えてもらいましたからね。今日も上質な毛皮と角を納品させてもらいました」
もう何も言うまい。
クロエはそう思ったのだった。
ひと通り話をすると、クロエはベニーの体の採寸をする。
今着ている服が小さくなってきているので、新しく仕立てないといけないからだ。
ベニーの年齢は十三歳なので、成長期真っ只中なのである。こうなると、あと何回この仕立て直しが必要になるのか、クロエはつい考えてしまう。
商売的には買い替えが頻発すれば儲かるのだが、ベニーのことを思うとクロエはなかなかに心中が複雑なようだった。
「はい、採寸終わったわよ。靴は木工職人のウードに頼んでおくから、七日後にまた来てちょうだい」
「分かりました。やっぱりすぐってわけにはいかないんですね」
「私のように魔法が使えない人もいるからね。ぱぱぱってわけにはいかないのよ」
ベニーがちょっと残念そうに言うと、ベニーの肩に手を置きながらクロエは優しく語っていた。
用事を終えたベニーは、そのまま灯台へと向けて帰っていく。
なにせ灯台から港町までは、歩いて明るい時間のほぼ半分を費やしてしまうからだ。
わずかな時間の滞在でも、往復だけで明るい時間は終わってしまうのだ。
そのため、お昼は大体商業ギルドの交渉中に終わらせてしまう。なにせ受付の女性が用意してくれているのだから。
わずかな港町の滞在でも、ベニーは十分町の人たちの優しさに触れ、灯台へと戻っていくのであった。
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