文芸部と陸上部のふたり

 今日も俺は鳩だ。


 そして今、公園の柵にとまっている。なぜかって? それは 「文芸部と陸上部のふたり」を見守るためだ。


 ひとりはジャージ姿の陸上部の子。汗をぬぐいながら、まだ走り足りなさそうに足をブラブラさせている。

 もうひとりは制服姿の文芸部の子。スカートの上に文庫本をのせて、落ち着いた目で隣を見ている。


 「今日も、おつかれさま」

 「うん。今日のタイム、ちょっと良くなったんだ」


 陸上部の子が、嬉しそうに笑う。その笑顔は太陽みたいで、文芸部の子のまぶたがゆっくりと下がる。


 「あなたって、いつもまっすぐだよね」

 「えっ、なに急に?」

 「まぶしいってこと」


 ——おっと、詩的だ。さすが文芸部。

 俺は思わず、首をすくめた。


 「まぶしいって、変な褒め方だなあ」

 「でも本当。まっすぐで、何にも迷ってないみたいで……」


 文芸部の子は、指で本の角をなぞりながら、少しだけ目をそらす。


 「私とは正反対だなって、思う」


 陸上部の子は少し考えて、それから笑った。


 「でもさ、私はけっこう羨ましいよ? 本を読んでるときの君、すっごく集中してて、強そうだもん」


 文芸部の子が驚いたように目を見開く。


 「強そう、って……そんなふうに見える?」

 「うん。本の中に入り込むのは、私にはできないから」


 ——これは、尊い。


 お互いにないものを見て惹かれ合う。異なる部活、異なる世界。でも、この公園ではちゃんと隣にいる。


 「……なんだか、走ってるあなたを見てると、私も少しくらい動いてみようかなって思うよ」

 「じゃあ、今度一緒に走ってみる?」

 「それはちょっと……気持ちだけ、ってことで」


 ふたりは笑い合う。文芸部の子の本は、もう開かれないまま膝の上に置かれていた。


 「でもね、こうやって終わったあとにあなたと話すの、ちょっとだけ楽しみにしてるんだ」

 「え、それ、先に言ってくれたらもっと頑張れるのに!」


 ——ああ、これは。


 俺はそっと翼をたたむ。

 今日もまた、ひとつの百合を見守ることができた。


 公園の鳩としての使命は、まだまだ続く——。


(つづく)


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