第三話 ガラタ越え
ウルバン砲を中心にコンスタンティノープルを激しく攻め立てるが、陥落させるまでには至らない。ウルバン砲は巨大すぎて廃熱やらなんやらのメンテナンス問題もあって、一日に数回しか撃てないのも原因の一つだな。
とはいえ、他の70門の大砲をウルバン砲が穿った穴に絶え間なく撃たせて、少しずつ効果が上がっているのは確かで、「すぐに陥落させられる」と言ったザガノスは少し大言壮語が過ぎたようだが、よくやっていると言っていいだろう。
コンスタンティノープルへの補給線は絶っているし、このまま時間を掛けて攻め続けても落とせるとは思う。しかし十万もの兵を食わせるのだって大変なのだから、早く終わらせられるならそれに越したことはない。
それに今現在の戦況は優勢に推移しているが、無駄に時間を掛けてしまえば何が起こるか分からない。
現在は静観しているキリスト教諸国が援軍を派遣してくるかもしれないし、金にうるさいジェノヴァやヴェネツィアの商人連中が大規模な海軍派兵や補給をしてくるかもしれない。
ちなみに西欧のキリスト教諸国が援軍を寄越さないのは、宗教対立(正教とカトリック)と長年の不信のせいだ。
例としてこんな話がある。
かつて十字軍が行きがけの駄賃とばかりにコンスタンティノープルを略奪しまくった。(しかもその十字軍はエルサレムに向かわずそのまま帰った)
あれでビザンツ側は西欧を「裏切り者の異端」と心底嫌うようになった。
ただその少し前にビザンツがラテン人数万人を大虐殺した歴史があって、その報復だったと言われているからどっちもどっちなのだが。
そんな風に互いに憎み合い、誰も積極的に助けようとしなかった。
しかしいくらビザンツが大嫌いではあっても、この地がイスラムの手に落ちるのは避けたいはずだ。だから悠長に包囲してたら、急に西欧諸国が本気を出して援軍を寄越す可能性もある。
そこで早期に決着をつけるべく、その方針を検討するため軍議が行われているが、芳しい意見はなかなか出てこないようだ。
「スルタン様、西側正面からの攻撃だけでは早期の陥落は厳しいようです。ここは北側からも海軍による攻撃が欲しいところです」
陸軍の総責任者のザガノス・パシャが、押し切れないことを申し訳なさそうに告げながらも、海軍からの北側の支援攻撃が欲しいと言っている。
「何を言っているか、行けるものなら最初から行っておるわ!金角湾の入り口は鎖で封鎖されており、軍船が侵入できんことはお主も知っているだろうが!」
海軍の責任者バルタオールがツバを飛ばして激しく抗議する。まぁそうだよな。
だが、ここで俺っていうかメフメト2世の出番だ。
「バルタオールよ、鎖があるから侵入できぬのであろう?ならば鎖の無いところからいけばいいではないか」
「は?……失礼。ですが、陛下。ご存知の通り湾内には鎖が所狭しと張られており、侵入できる余地などありませぬ」
まぁ確かにそうだな、普通であれば。これを考え付いて史実において実行したメフメトは鬼だと思うわ。
「違う違う、湾内ではない」
俺は地図上のある一点を指さした。
コンスタンティノープルの北側に位置する金角湾のそのさらに対岸にあるガラタの丘だ。将軍たちは驚愕の目で俺を見ている。
俺は改めて地図上で、ボスポラス海峡からガラタの丘の裏側を通り金角湾までの陸の上を指でなぞった。
「ここだ。ここを軍船を通し、金角湾内に侵入するのだ」
「しかし、陛下。軍艦が丘を越えるなどと……」
「通すのだ、いいな?
陸軍も十万もの兵がすべて前線に出ているわけでもあるまい。遊兵もいるはずだ。最大限協力せよ」
「「「「「「はっ!」」」」」」
ここに歴史上でも稀有な軍船の陸越えが行われることになる。
そういえば海皇紀ってマンガでも船が陸越えしてるシーンがあったけど、この史実を参考にしたんだろうな。
近隣で大量の木材を切り出し、それぞれの丸太に油を塗る。そんな大量の丸太をボスポラス海峡から金角湾まで並べてコロの道を作るのだ。その上を軍船を転がして丘越えを敢行する。その標高は最大で60m程で、距離はおよそ2km。
――ガラガラガラ
準備に多少の時間がかかったが、夕闇の中、約70隻の軍船はガラタの丘の陰に隠れるようにして、今俺の目の前で丸太の上を人力で押して船が陸上を進んでいる。
いやぁ、史実でメフメト二世がやらせたとおりとはいえ、「やれ」って言ったのは自分だけど、わりと意味が分からない光景だなぁ。大航海時代で知られているような巨大帆船ではなく、背の低い中小のガレー船とはいえ、陸の上を船が進むのはなんか脳が現実を拒否しようとしてる。
世界史上で信じられないようなビックリっていっぱいあるけど、これは最たるレベルの一つじゃないだろうか。
そんな光景を見れて嬉しいとはいえば嬉しいけど、どちらかというとびっくりして声も出ないレベルだ。
そして、70隻もの軍艦は一晩で陸上を越えた。
一夜で70隻もの軍艦が金角湾内に出現する事になった。想像するにその驚きは墨俣の一夜城以上のものがあるだろうな。そんなビザンツ海軍は慌てて攻撃を仕掛けてきたが、こちらはビザンツ海軍の倍以上いる。なんなく撃退してやり、金角湾の制海権はオスマン海軍の手に落ちた。
これによってコンスタンティノープルの北側からも攻撃を加えることができるようになった。
ただでさえ少ない兵数で西側からのオスマン帝国陸軍からの攻撃を防ぐのに手一杯だったビザンツ軍が、近いうちに限界を迎えるのは誰の目にも明らかだった。
よし、もう一息だ!
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