踊れおどれ、赤い靴

二枚貝

第1話

 我々は恵まれている、どれほど唾棄され忌み嫌われようと、布団のうえで死ぬことができるんだから。

 それが父の口癖で、私はそれを聞かされて育った。父はその通り死んだよ。誰からも嫌悪され、遠ざけられ、けれど最期は布団のうえで。

 私は父のようになりたくなかったから家を出た。布団のうえで死ねなくていい、だから身内以外の人間から嫌われて目を背けられ、後ろ指をさされる人生から逃れたかった。


 私は代々王家に仕える処刑人の一族として生まれた。

 ご存知の通り、処刑人ほど忌まわしくおぞましい人間はない。みずからの手でひとの命を奪い血に塗れることを生業とする、穢らわしく呪わしい者、それが処刑人だ。

 こんな話を知っていてるか、南の国境地帯の村では、罪人に対する刑罰のひとつに「処刑人と踊らせる」というものさえある。けがれた処刑人と手を取り踊った者は、以後処刑人そのもののように忌避され扱われるのだ――それほどまでに忌み嫌われているのだよ、我々は。

 もちろん、すべてが悪い面ばかりではない。処刑人は一定以上の収入が約束されるものだ、なにしろ同業者は減りこそすれ増えることはない。そして仕事がなくなることもない。

 幼少期、私は剣を習い、学問も修め、いずれも人並み以上の出来だった。だが剣の道で生きていくことも学問の道へ進むこともかなわなかった。処刑人の子であるがゆえに。

 私が剣の腕を磨くのはいずれ罪人の首を落とすため、私が学問を修めるのは罪人への罪状と神への祈りを読み上げられるようにするため。そう気づいた途端、私にまつわるすべてのものが忌まわしく、うとましく思うようになった。そして成人年齢を迎えるとほぼ同時、私ははじめての恋をして、当然その恋が実らないことに絶望した。そしてそのまま家を出た。処刑人として生きるくらいなら死ぬほうがマシだと、自棄な気持ちになって。

 最初は人目を避けて暮らそうと辺境へ行ったが、ああいう土地の人間ほど警戒心が強いことを知らなかった。結局失敗して、次は腕っ節を頼りに柄の悪い連中と付き合ったり、用心棒の真似事から賭場の賭け剣闘士から、何でもやった。うまくいった時もそうじゃなかった時もある、が……死にはしなかった。

 そんなつもりじゃなかったが、こんな齢まで生き延びてしまったよ。


 まあ、あんたが聞きたいのは、私のこんな生い立ちではないんだろう。わかってる、だが、すこしは繋がってくるだろう。おおよそ堅気とも思えない男が街外れに暮らしていた理由が。初対面の人間に斬りかかることも厭わない冷酷な男、動き回る人間の両脚を一撃で切断できるだけの技量を持つ不審な男、その正体がおぼろげにでも見えてくるだろう。


 私が家を出て十年が経ち、二十年が経ち、あちこちを転々とし続け、ある時賭けのカタにちょっとした土地と小屋を手に入れることになった。それで良い機会だと思ったのだ、私もいつまで生きられるかは分からないが、この先老いてゆく身、定住するのも悪くないだろうと。それで、あの土地で、木こりのまねごとをしながら暮らし始めた。

 それから十年近くが経って、あの日だ、私は赤い靴の少女に会った。――会ったというより、悲鳴が飛び込んできたのだ。私はその時裏庭で木を切っていて、あんな人里離れた土地に年若い少女の涙交じりの悲鳴が聞こえてきたのだ、手にした斧もそのままに表へ飛び出していた。

 思わず目を疑った、自分の頭がおかしくなったのかと思ったほどに。あんな……森のなかで若い、それもうつくしい少女が踊っているんだ。よく見れば身につけるドレスも髪もぼろぼろで、ただその足に履いた赤い靴だけが傷ひとつなくぴかぴかに輝いていて。

「お願い、助けてください、足が止まらないの……!」

 涙まじりに切れ切れに言われたのはそれだけで、だが、十分だった。私は斧を握り直して、少女の両の足首を一気に切り飛ばした。

 足は――というより赤い靴は、何にも気づいてないみたいに軽やかにステップを踏んでわ森の奥に消えていったよ。悪い夢みたいに鮮やかに。それが魔法の靴だとか、履いたら死ぬまでダンスをやめられないだとかいう話はすべて終わった後で聞いたが……踊りながら森の暗がりに消えていくあの靴の禍々しさを見たら、信じるしかなくなるさ。


 最後に? ああ、そうだな。確かに初めは後悔したさ、ひとを斬るのははじめてではなかったが、若く未来ある女性の脚を斬ってしまうだなんて。しかも、血まみれで倒れている彼女を見た時は、とんでとないことをしたと強く思った。

 だが、他でもない彼女が泣きながら言ってくれた。命の恩人だ、ありがとう、この場所であなたに会えてよかったと。

 その瞬間にすべてがむくわれた――そんな気がした。私の剣は、人斬りの術は、忌まわしい用途だけでなく誰かを助けることもできるのだと初めて気づけた。そうしたら、今まで背を向けていたおのれの出自にも、はじめて素直な気持ちで向き合うことができた。今までのわだかまりは何だったのかと思うほどにね。

 だから、あの少女には私の方こそ、とても感謝している。


 それからのことは、何だか信じられないな。都に呼ばれて、てっきりお咎めがあるのか取り調べがあるのかと思ったら、まさか褒賞されて一代貴族に叙されるだなんて。こんな私が天下無双の剣士などと呼ばれて、今はあちこちの武闘会や腕自慢の武人たちに呼ばれる毎日などとは。あれほど嫌っていた実家に自分から帰り、兄弟たちにも会うことが出来るとは。

 おかげで毎日忙しくさせてもらっている。たぶん、布団のうえで死ぬ暇もないくらいにね、はは。 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

踊れおどれ、赤い靴 二枚貝 @ShijimiH

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説