突然の刺客
…光を、感じる。
小鳥の囀りが耳の中でこだましている。
明るい… 温かい…
「先生…」
千流架(ちるか)はゆっくりと目を開く。
いつの間にか夜はすっかり明けていた。
あんなに長く深い闇でもそのうち光は差すのだな、と思った。
「おはよう、千流架。ちゃんと眠れた?」
流霊架(るちか)が少し眠そうにしながらこちらを見つめている。
瞼を重そうにして目を擦る彼女の目にはうっすらとクマが見えた。
どうやらよく眠れなかったらしい。
そりゃあ昨日あんなことがあったのだ。眠れないのも無理はない。
「おはよう、流霊架。大丈夫?眠れなかった?」
千流架は心配そうに声をかける。
「まあね…やっぱりしんどくてさ、なかなか寝付けなかったよ…」
少し困ったように笑う流霊架はなんだかやつれているように見えた。
「そうだよね…」
千流架は悲しそうに微笑むと、ゆっくりと起き上がり自分の体を見下ろす。
乾いた血液がカピカピになって皮膚に張り付いている。
少し指で擦るとパラパラと小さなかけらとなって落ちていった。
そして着ていた服は元々真っ白だったのに真っ赤なドレスへと変化を遂げていた。
…生臭い
未だ消えない血の臭い。
流霊架も起き上がって自分の体をまじまじとみている。
「…こんなに、こんなに沢山の血を流したら人は死ぬんだね。」
悲しげに、そして切なそうに流霊架は言った。
「昨日は暗かったからあんまり気にしていなかったけれど、私たちこんなに真っ赤になっていたんだね…」
冷静に呟くように千流架が言う。
そうだね、と流霊架が頷く。
「…ねえ、先生の手帳、全部本当なのかな」
突然真面目な顔をして流霊架が問う。
ザアッと強い風が二人の間に入り込む。
少しの静寂。落ち葉が二人の周りで踊り出す。
「…さあ、どうなんだろう。でも、私は信じるよ。だって先生はきっとこんな嘘つかないでしょ?」
赤黒く染まったドレスを纏った彼女は、鮮やかな赤色の瞳を真っ直ぐに彼女に向けて言った。
そうだよね、と流霊架は目を瞑る。
「だとしたら…」
ゆっくりと口を開くと複雑そうな表情を浮かべて
「私たちは、本当に作られた存在なんだ…」
呟いた。
そうだ。先生の書き残したこの手帳が全て真実だとするならば、私たちは…兵器なのだ。しかも、世界を滅ぼすほどの威力を持った、人間兵器。
ずっと過去のことなど覚えていないと思っていた。
どうしてだろうと思っても先生は教えてくれることはなかったが今思えば当然のことだった。
あなたたちは兵器で、研究施設から一緒に逃げた時に二人に分離した存在なんて軽々と言えるものか。
千流架はため息をついた。
やっぱり、受け入れ難い事実。
_でも、先生が殺されてしまった今、やるべきことは何か。
それはわかっていた。
「先生…。先生が望むことかはわからないけれど、私は、私たちは。研究施設をなくすよ。」
千流架は自らが作り上げた素朴なお墓に向けて小さな声で、だがどこか力のこもったように言い放った。
流霊架も同じようにお墓を見つめながら力強く頷いた。
「さて、問題は場所なんだけど…」
千流架は少し困った顔をして手帳に手がかりがないかペラペラめくり始めた。
「…待って」
突然流霊架が千流架の服の裾を強引に下に引っ張って屈ませた。
文句を言おうとした千流架に向けて、
「シーッ」と自分の口の前に指を当てる。
「…誰か、くる」
流霊架は小さな声で、辺りを見渡しながら警告した。
千流架も驚きながら周囲に目を配る。
…ザッ …ザッ
音が近づいてくるのがわかった。
「隠れて!」
流霊架が強く言う。
千流架は慌てて走ると女性の家の裏へまわり、身を潜めた。
流霊架も庭に植えられていた数本の木の裏へ急いで隠れる。
そのすぐ後に、それは正体を現した。
「_対象、見当たらず。」
真っ白い制服みたいなものを身に纏った数人の男達の一人がそういった。
「痕跡はあるな。近くにいる。探せ。」
真っ白い制服に赤い腕章をつけた男性が淡々と言う。
その言葉を聞いて、他の男達が一斉に散らばった。
何かを探しているようだ。
二人は身を潜めながら慎重に周囲の様子を探っていた。
流霊架がじっと木の影から彼らを観察していたその時。
…パキッ
彼女は足元の小さな枝を踏んでしまったのだ。
その音は小さいものだったが男達は聞き逃さなかった。
一斉に流霊架のいる木のところまで向かって行き、そして_
「対象、発見しました。」
「離して!離せ!!…痛い!!」
暴れる流霊架を鎖のようなもので縛り上げて強引に腕章をつけた男性の元へ引きずっていった。
「まずは一人だな。捕獲成功。」
そう言うと暴れる流霊架を押さえつけて首筋にプスっと注射針のようなものを打った。
「あ…」
流霊架はゆっくりと脱力しその場に倒れ込んだ。
その様子を家の裏から見ていた千流架は、震えていた。
「…流霊架…!」
強張った表情で小さく呟く。彼女が心配だったが、今出ていったら自分も何かされてしまう。怖くて動くことができなかった。
そんな彼女にゆっくりと足音が近づいてくる。
千流架は膝を抱え込むようにして俯き、目をぎゅっと瞑ると両手で力強く耳を塞いだ。
…ザッ …ザッ
…ザッ
やがて足音が止まった。
千流架がゆっくりと顔をあげ、目を開ける。
それと同時に_
プスッ
首筋に衝撃が走った。
途端に意識が遠のいていく。
目が霞んでよく見えない。
薄れゆく意識の中、腕章をした男性が千流架を勢いよく担ぎ上げて
「これで研究を続けられる」
と話しているのが聞こえた。
争うすべもなく、少女の意識は真っ暗な闇の底へと落ちていった。
アルストロ・メリア 月影いる @iru-02
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