第3話 千紗
ったく、こんな時間になってしまった。もう明日まで時間がないっていうのに。
SNSを見ながら机で黙々とカップラーメンをすする。インテリアとして置いたガラス製の浮き玉が間接照明に当たり光り輝く。
エゴサをしているが、投稿数は全然少ない。私たちの──いや、私以外の
SNSではどちらかと言うと小雪の方が人気だった。「日本人形」「ビー玉みたいな瞳」など可憐な圧倒的なアイドル感を評価する声が多い。
でも、私は──。
くそっ。
味噌ラーメンをすする。
大学で話題になるのが怖かった。私のキャラは一般的なアイドルとはほど遠いからだ。高校の体育祭でも文化祭でもクラスの中心にいたのは、海羽みたいな明るく活発な女子。私はいつもどこか冷めていて、作業は淡々と進めるし運動も率先して行うが、熱くなれない自分がいた。
そんな私がアイドルなんて──周りに知られたらどうなるか……。
でも。
更新された小雪の投稿に目が止まる。色とりどりの小樽のガラス製品を写して、〈明日は頑張ります〉と一言。海羽も〈3人で一緒に頑張ろう!〉とレッスン着を着た自分の自撮りとともに返信していた。
2人とも頑張っている。
小雪は引っ込み思案なところがあるけど、芯は強く、苦手なティッシュ配りも諦めることなく最後まで配り切った。
海羽はまだ子どもっぽくてお調子者だけど、負けず嫌い。なかなかコツがつかめていなかったダンスも歌もこっちが驚くくらい上達している。
それなのに私は、私だけが一歩踏み出せないでいる。
アカウントは作った。何度も投稿しようと思って文章は下書きにしたためている。でも、一歩が踏み出せない。
海羽が3人で頑張ろうと言った3人目はSNS上にいないんだ。
情けない、情けない、情けない! 年下の女の子が頑張っているのに私だけ勇気を出せないでいるなんて!
くそっ、くそっ、くそっ。
私は長い黒髪をかきあげると、ヤケクソになってラーメンをすすり、スープも一気に飲み干した。
初ライブ前に、私は……何をしてるんだ。太るぞ。
浮き玉に目が止まる。小樽のガラスの始まりは、この浮き玉だ。漁業で網の目印とされる浮き玉。ニシン漁が全盛期だったころにはたくさんのガラス製の浮き玉が使われていたらしい。今はでも、ガラス製の浮き玉を製作しているのは国内で唯一小樽だけ、とか。
グラスにコップにアクセサリーにインテリア。和に洋にと、小樽にはたくさんのガラス製品がある。そして、日々ガラス職人が新しい色を新しい質感を求めて進化し続けている。
clap glass。叩いてはいけないガラスにわざわざclapなんて付けたのは、小樽のガラスをもっと日本中に世界中に広めていきたい思いから。
「clap。そうだよ、手を叩くんだ。みんなで手を叩いて広げるんだ」
それなのに。私が、怖気づいてどうする。だれかが手を叩かないと広がることなんてない。私だって進化しないといけないんだ。
私は再びスマホを手に取った。
「やるぞ、やるぞ! 私だってclap glassの一員なんだ!」
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