第5話 嘘と沈黙 20250401

 

 Y、風邪をひいていませんか?


 三寒四温どころか一凍一茹なのではないかと感じるほど寒暖差が激しい春の始まりですね。苛烈な暑さの中で汚泥と化す時と、寒暖差がもたらす疲弊には質の違いがあるような気がしています。

 今年はそれを言葉にできるように意識的に体験しようと今からリマインドをかけています。(恐らく今年の夏もすごくすごく暑いでしょうから)


 エイプリルフールが大嫌いです。相手を想って事実とは異なるを言う選択をしたことは何度もありますが、それ以外の時に嘘をつくことは苦手です。嘘が破綻しないよう、四六時中、全方位に気を遣い続けることの合理性の無さを思うと、損をしても正直で在る方が気が楽なのです。


 貴方は私のことを「裏表が無くわかりやすい」から好きだと言ってくれました。大抵の人には裏表があるからと。良し悪し以前に、表裏一体であり続ける方が私にとっては当たり前で、逆にどうして人は二面性を維持できるのか不思議で仕方がないのです。


 SNSでは企業や組織がその日限りのイベントとしてエイプリルフールを楽しく過ごそうとする嘘の企画が増えました。わかりやすいものにせよ、巧妙に仕立てられているものにせよ、どちらも見ることも苦手になりました。貴方はおそらくそう言うものを仕掛ける側に居たこともあるでしょう。私にはノイズにしか思えない釣り針は、実際のところ企業や製品の好感度を上げる役割をしているのでしょうか?


 貴方は私以外の人に本音を言うことも無かったし、そうしたいとも感じたことがなかったと言っていましたね。激しい競争社会の中で勝ち続けること、自身の能力をひたすら高めていく中で正当な評価を得続けること。貴方について御周囲から聞くお姿は「感情を表情や素振りから推測することは難しいが、不機嫌や怒りは明確に伝わる」というものでした。


 ネガティブな感情をストレートに意図通りに他者へ伝えられるということは、それ以外はあえて必要な時以外には見せないを選んでおられたのだと思います。

 「自分自身に対して嘘はつかないが、人にわかりやすくは伝えない」を選択していた人に、感情から考えていることから表裏一体でダダ漏れにする人間はどのように映ったかも、もう教えてくれていましたね。


「危なっかしい」。


 幼少期から大人ばかりの環境に生まれ育ち、場の空気を乱すことは自分の母の立場を悪くすることであると早くから理解していた私は、言語化される前の人の感情を読む鍛錬を積んでいたのだと思います。

 だから、会話しなくても相手が自分をどう思っているか、相対している時にどんな心情が一番強くその人を捉えているか、が直感で大体わかります(外れることも当然あります)。

 人の考えや気持ちを察して、不快にさせない事を一義とするが身に染み付く事は人付き合いにおいてはとても有効でした。しかし、五十路を目前にして思うのは、自分自身を肩肘張るでなく静かに護る方法の習得について、ずっと後回しにしてきたということです。


 人に自分を悟られぬような鎧をつけ続けてきた貴方と、人の顔色を伺いすぎて自らについては全て剥き出しだった私。在り方自体が真逆なのに、どうして貴方は私を心のうちに招いてくれたのでしょう。

 わからないことだらけです。そして、それはお会いするまで開かれることのない箱の中の秘密なのでしょう。


 真実を伝えているのに、誰も信じてはくれないであろう嘘のような日々を私たちは生きてきました。人はわかりやすく自分の考えを肯定してくれるような嘘を真実と見ることもあるのだと絶望しました。

 正直に生きる事が、逆に自らの首を絞め上げて立場を危うくすることが在ることもわかりました。周囲に庇護されているからこその穏やかな日々の中、嘘と沈黙はとても相性が良いことを学んでいる最中です。

 危なっかしさ自体はなかなか変えられないとは思いますが、それを覆い隠す大人としての白い嘘のつき方について、貴方に教わりたかったです。



 また書きます。どうか元気で。













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