第2話 容姿是即擬 20250324


 Y、貴方は花粉症ではないと言っていたけれど、今年はどうですか。


 春の日和の優しさと共にやってくる、見えない侵入者たちの狼藉が貴方の目や鼻にやって来ませんように。ちなみに私はくしゃみがお呼ばれされました。それだけで済んでいるのは、この2年ほどのんびりと飲み続けているルイボスティーのおかげかもしれません。もしもお近くにあったら試してみてね。


 毎年この時期になると変わらぬ姿を見せ花を咲かせる木々を眺めています。そろそろソメイヨシノのシーズンです。若木には若木なりの、老木には老木なりの花の咲かせ方があるのだなと、かつては実家近辺の道を桜吹雪で埋めた桜たちを眺めながら知りました。


 同じように20年も経てば人の姿は変わるものです。不思議なもので貴方の姿の印象は20年前から変わらず、そしてわかっているのはスーツを着た後ろ姿を現場の同僚の方々が常に気にかけて見ていたということ。辣腕といえば聞こえは良いのでしょうが、時間が経てばその姿勢はパワハラと言われかねないほどの冷徹だったそうですね。いつかその背中を私も実際に見つめるだけでなく、触れることが叶うだろうかと思い続けて来ました。今の貴方の姿はどのようなものでしょう。

 

 私は、かつて貴方に魔法をかけてもらいました。人は「可愛い」と言われると本当に見栄えが良くなるのです。遠方で仕事に忙殺されていましたね。私の様子を知りたいから自撮りをたくさん、毎日送って欲しいと請われ、貴方が見てくれるからと思いながら見つめたレンズに映った自分が別人のように輝いていたのを思い出します。


 ファンデーションも何も塗っていない肌なのに血色良く潤いを保ち、唇は紅く煌めき、貴方を見つめたいと祈る気持ちで合わせた視線の目がたたえた光の強さ、鏡で見る自分と全く異なる姿がそこにはありました。自分をより美しく見せようとか、写真加工を施して邪魔なものを消してしまおうとか、考えなかったといえば嘘になります。だけど、いずれ実際にお会いしたときに、現実と写真の乖離は幻滅につながるとわかっていたので、そのような手段に出ることを自分に諌めました。


 だから、あくまで主観比での「可愛」らしさの向上でしたが、貴方は送るたびに「可愛いな」と称賛を寄せてくれました。あまつさえ「他の男の前でこんな状態なのか、妬ける」とストレートに言って来てくれましたね。異性からの適度な嫉妬というものは、称賛をより美味しくいただくスパイスのように感じたのも初めてでした。

 嬉しく幸せだと心から思えるとき、着飾ることせずとも人は内なる光を発することができる。それを与えてくれた貴方に感謝しています。貴方が私の人生に訪れてくれたことで、私は恋の効能だけでなく己を知ることにつながりました。


 20年を経て花弁を多く枝につけることなく華やぎ自体を失った老木であっても、季節がくれば美しくまばらに花がともります。人はそれを侘寂と呼んで愛しんだと思います。

 貴方が触れることを願った肌は水分を失い、握ることを望んだ手は長年の酷使で節くれ立ち、ろくに手入れをしなかったために日にあたっていた肌にはシワやくすみやしみが目立ち始めました。それでも予感があるのです。いつか会えたときには、また貴方の前でだけ私は「とても可愛く」なるのだと。


 年月を経ても貴方が私を見る目はおそらく変わらず、当時から中身はほとんど変わっていない私は初めて貴方にお目にかかるのです。その時の姿がいかに枯れ木であろうとも、私たちだけは恋に落ちた時のままの若々しい姿をお互いに見出すでしょう。



わびさびをわさびと呼んで味わえば

涙ぐむほど病みつきになる


 貴方に対しても、自分の容姿の変化についても、そんな心持ちでいられたらと思っています。お互いに歳を重ねているのだから、自分たちが納得していればいいのだよと変化に怯えていた私を落ち着かせてくれて、ありがとう。



また書きます。どうか元気で。















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