第5話 息子の来訪と疑念
夏の終わりが近づき、朝の風に秋の気配が混じる日だった。縁側で茶を啜っていると、遠くから車の音が近づいてくる。やがて玄関の戸が開き、見慣れた顔が現れた。ミナとその父親―俺の息子だ。
「親父、久しぶりだな。元気だったか?」
息子が玄関に立ち、ミナがいつもより真剣な顔で隣に立つ。俺は「うるせぇな」とぼやきつつ、ゆっくりと立ち上がる。「何だ、急にどうした?」と問いかけると、息子が少し気まずそうな顔で口を開いた。
「ミナから聞いたんだよ。母さんの部屋、そのままにしてるって。本当か?」
俺は目を細める。
「ああ、入ってねぇよ。婆さんの遺言だ」
息子が俺の言葉に眉をひそめるのを横目に、ミナが一歩前に出る。
「お爺ちゃん、絶対埃だらけになってるよ? 私たちが掃除するからさ」
俺は湯呑みを持ったまま、声を低く落とした。
「入らんし、誰も入れん」
一喝すると、二人が顔を見合わせる。
息子が溜息をつきながら言った。
「でもさ、親父。どっちにしたって、いつか片付けなきゃならないんだ。だったら今のうちにやらせてくれよ」
ミナも「そうだよ、おじいちゃん。一人じゃ大変だよ?」と続ける。
だが、俺は縁側の柱にもたれ、「婆さんの遺言だ。誰も近づけるか」と突き放す。
「頑固すぎるだろ...!」
息子が声を荒げるが、俺は知らん顔で茶を啜る。やがて二人は諦めたように息をつき、「分かったよ。また来るからな」と言い残して帰っていった。車のエンジン音が遠ざかり、家に静けさが戻る。
しかし、彼らの言葉が頭にこびりついて離れなかった。
確かに掃除をしなければ、埃や湿気で中の物が傷む。それは分かる。だが、ミナも息子も、何故そこまであの部屋に執着する?
俺は湯呑みを置き、四畳半のドアを見つめた。
もしかすると、婆さんの部屋には何か財産があるんじゃねぇか。金や価値のあるものが隠されていて、それを狙っているんじゃないのか?
婆さんが「部屋には入らないで」と言ったのは、誰にも奪われないように、俺に守ってほしかったからじゃねぇのか?
そう考えると、腑に落ちる気がした。俺は頑固だから、婆さんは俺を信じてたんだ。
ゆっくりと立ち上がり、四畳半のドアへと歩み寄る。
「婆さん、誰も近づけねぇよ」
静かに呟き、拳を握る。
秋の風が家を抜け、閉ざされたドアが、静かに俺の視界に映る。
婆さんの遺言を支えにして、俺は今日も生きていく。
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