第4話 葛藤と決意

夏の終わりが近づき、朝の空気がわずかに涼しさを帯びてきた。縁側に腰を下ろし、湯呑みを手に静かに茶を啜る。軒先では、力尽きた蝉が弱々しく鳴いていた。

婆さんのいない日々が続く。四畳半のドアは変わらずそこにあり、視界の隅に静かに佇んでいた。

――あの部屋には入らない。

婆さんの遺言を支えに、ずっとそう誓ってきた。

だが、昨日のミナの言葉が頭の奥でくすぶっている。

「埃だらけになってるよ、きっと!」

無邪気に言い放ったあの一言が、頑なだった俺の心に小さな波紋を広げていた。

婆さんが生きていた頃、あの四畳半には彼女が大切にしていたものが詰まっていた。着物、手紙、本の数々。あれらが埃をかぶり、湿気で傷んでしまうのは、本当に婆さんが望んだことなのか。

俺は湯呑みを手に持ったまま、ゆっくりと目を細める。

「部屋には入らないで」

確かにそう言われた。遺言を破るわけにはいかねぇ。人付き合いが苦手な俺でも、この約束だけは守り通すつもりだった。

だが――。

俺はふっと息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。

箪笥の引き出しから雑巾を取り出し、掃除道具を手にする。逡巡しながら、四畳半のドアの前に立った。

手を伸ばし、ドアノブに触れる。

その瞬間、婆さんの声が頭をよぎった。

『辰は頑固なんだから』

ふっと笑いかけるような、懐かしい声だった。

俺は頑固だ。婆さんはそれを誰よりも知っていた。

きっと、最後まで守り通すと信じていたんだろう。

ドアノブに添えた手を、ゆっくりと離す。

掃除道具を脇に置き、縁側に戻る。

「婆さん、お前の言う通りだ。俺は入らねぇよ」

小さく呟き、茶を一口すする。

長い影が縁側に伸び、静かな風が家の中を通り抜ける。

四畳半のドアは閉ざされたまま、俺の心に深く残る。

婆さんの遺言を支えにして、俺は今日も生きていく。

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