第3話 ミナの再訪と部屋

夏の陽射しが少し和らぎ始めた昼下がり、家の軒先には蝉の声が響き渡っていた。縁側に腰を下ろし、茶を啜っていると、玄関の戸が勢いよく開く音がする。

「お爺ちゃん!また来たよ!」

明るい声とともに、孫娘のミナが土間に靴を脱ぎ捨て、勢いよく上がり込んでくる。

縁側にどかっと座ると、彼女は扇ぐように手をひらひらさせる。

「暑いね~!お爺ちゃん、元気してた?」

俺は「うるせぇな」とぼやきつつ、手元の湯呑みを揺らしながら口元を綻ばせる。

ミナは膝を抱えながら、弾むような声で話し始めた。

「ねえ、お爺ちゃん、学校でさ、この間すごい騒ぎがあったんだよ。血を見ると発狂しちゃう子がいてさ、誰かが怪我したら大パニックになっちゃってさ、もう大変だったんだから!」

軽い調子で笑いながら話すが、その視線は少し遠くに向いていた。俺は「変なガキもいるもんだな」と相槌を打つ。

「そういえば、お爺ちゃん、畑の茄子まだある? また欲しいな~」

「まだ採れる。持ってけ」

「やった! お爺ちゃんの茄子、超美味しいもんね!」

ミナがぱんと手を叩き、弾けるような笑い声をあげる。その笑い声が家の中に満ち、縁側を吹き抜ける夏の風に溶けていく。

ひとしきり雑談が続いたあと、ミナの視線がふと四畳半のドアに向かう。

「ねえ、お爺ちゃん。お婆ちゃんの部屋って、どうなってるの?」

俺は湯呑みを置き、ゆっくりと答える。

「入ってねぇよ」

ミナは目を丸くする。

「入ってないって……? えー、埃だらけになってるんじゃない?」

一瞬、確かにそうかもしれないと頭をよぎるが、俺は首を横に振る。

「婆さんの遺言だ。誰も入らねぇ」

俺の声は自然と低くなっていた。人付き合いが苦手でも、この約束だけは譲れない。

ミナは困ったように眉をひそめ、それからふっと笑う。

「お爺ちゃん、ほんと頑固だね~」

俺はふと、亡くなった婆さんの笑顔を思い出す。

『辰は頑固なんだから』

生前、幾度となく彼女が言った言葉だった。

「ああ、俺は頑固だ」

そう答えると、ミナがケラケラと笑う。

「うわー、お婆ちゃんと同じこと言ってる!」

彼女は肩をすくめると、突然ぱっと立ち上がる。

「じゃあさ、私が入ってみる! 埃くらい掃除してあげる!」

明るい声が弾むが、俺はすぐに首を振る。

「ミナ、お前が可愛い孫でも、これはダメだ。婆さんの遺言だ。誰も入らねぇ」

ミナは「え~!」と不満げに頬を膨らませるが、俺の目をじっと見つめ、それ以上は何も言わなかった。やがて、ふっと肩をすくめて笑う。

「分かったよ~。お爺ちゃんの頑固さには勝てないや。じゃあ、茄子もらって帰るから、それで許してあげる!」

冗談めかして言いながら、俺の肩を軽く叩く。俺は「うるせぇガキだ」と笑い、ミナの頭をくしゃっと撫でる。

夕暮れが近づき、縁側には長い影が伸びていた。ミナの笑顔が家を満たし、その傍らで四畳半のドアは静かに佇んでいる。

あの部屋には入らない。

婆さんの遺言を胸に抱え、俺は今日も生きていく。

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