第3話

 夜明けが訪れた。

 俺達は七原峠の麓のコンビニにいた。

 駐車場に車を停めて休憩を取っている。


 相沢はカップ麺を啜っていた。

 醤油ベースのスープの香りが漂ってくる。

 相沢は割り箸で掻き込むように食べ進める。


 その隣で俺は青白い肉片を齧っていた。

 赤いドレスの切れ端がくっ付いているが関係ない。


 いずれも霊的物質だ。

 俺からすれば等しく食料である。

 既に大ハサミも平らげて胃の中にあった。

 錆びた部分はほろ苦かったが、それはそれでアクセントになるので悪くなかった。


 残った部位を大事に咀嚼していると、相沢がじっと見つめてくる。


「あのー、黒藤さん」


「何だ」


「霊の凶器とかは、売るとお金になるので残してほしかったんですけど」


「無理だ。霊はすべて俺の食糧だからな。儲けるより食う方がいい」


「だから経営難なのでは? 借金返済も遠いですよ」


「別に破産しなけりゃ問題ないだろ。俺は霊を喰うことを何よりも優先する」


 俺が断言すると、相沢は大げさにため息を吐く。

 そして割り箸で俺のことを差してきた。


「黒藤さんって本当に食い意地が張ってますよね。普段はクールを気取ってるのに」


「気取ってねえよ」


「いやいや、ハードボイルド的な雰囲気を醸してるじゃないですか。そんなにかっこよくないですよ」


「うるせえな」


「それは置いておくとして……今回の悪霊、強かったですか?」


「まあまあだな。別に驚くほどじゃない。あちこち探せば普通に出会えるレベルだ。味も美味かったが、可もなく不可もなくって感じだった」


 最後の霊はなかなかの力を持っていたが、それでも絶体絶命という状況まで追い込まれたわけではない。

 相手を喰いながら戦うことで俺は回復するため、持久戦に持ち込めば自然と有利になる。

 仮に向こうが短期決戦を狙おうが、対応できないことはなかっただろう。

 俺には十年以上にも及ぶ霊との戦闘経験があり、この程度の霊に負ける気はしなかった。


 そういった話をすると、相沢は意味深な目で尋ねてくる。


「……黒藤さん、霊媒師の中でも結構強いですよね。よく言われません?」


「他をあまり知らんが、無敗だからたぶん強いんだろ」


「ヒュー、天才発言出ましたねえ。そういう自慢、嫌われますよ」


「自慢じゃねえよ。事実を言っただけだ」


 相沢はまだ若いが、様々な霊媒師と仕事をした過去がある。

 関わってきた連中と俺を比べているのだろう。

 ただ、俺の霊喰は特殊な部類なので、比較対象としてはあまり当てにならないと思う。


 一足早くカップ麺を食べ終えた相沢は、目を細めて日の出を拝む。


「それにしても、気持ちのいい朝日ですねぇ」


「まったくだな」


 俺は腹を撫でて応じる。

 霊力が肉体に馴染んでいく感覚があった。

 己が死から遠のいていくのが分かる。


 食事を欠かすと人間は生きていけない。

 俺はさらに霊も喰らわねばならなかった。


 この体質を疎ましく思ったことはあるが、今はそうでもない。

 自分なりに楽しむことができている。

 少なくとも人間として霊の味を堪能できるのは、俺だけの特権であった。


 カップ麺のスープを飲む相沢は、俺の腹を指差す。


「満足しました?」


「ああ。とても美味かった」


「それは何よりです」


 相沢は嬉しそうに頷いてみせる。

 どこか晴れやかな表情なのは、除霊後の爽快感によるものか。


 俺は手を合わせて、七原峠に向けて頭を下げた。


「ごちそうさまでした」


 厄の枯れた峠は、陽光を浴びて美しく輝いていた。

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