第4話
翌日、事務所に今回の依頼者である市役所の男がやってきた。
男は低姿勢な態度で頭を下げながら、俺と相沢に礼を述べてくる。
「いやー、この度はありがとうございました! おかげで助かりましたよー」
男は懐から分厚い茶封筒を取り出し、それを丁寧に差し出してきた。
中身は少なくとも百万円は下らないだろう。
男はやや声量を落として俺達に告げる。
「報酬は既に振り込んでおりますが、こちらはほんの気持ちです。また何か問題が起きたらぜひ依頼させてください」
「……一つ聞いてもいいか」
「はい、何でしょう!」
「おたくの役所は裏で何をしているんだ?」
俺が率直に尋ねると、男はぎょっとした顔で固まった。
それからすぐ我に返り、狼狽えた様子でとぼけてみせる。
「う、裏とは何でしょう。私にはさっぱり……」
「七原峠は異常に穢れていた。心霊スポットにしても霊が多すぎる。何か原因がなければ説明が付かない」
「こちらで七原峠について調べましたが、少なくとも公的な記録では霊が集まるきっかけは見つかりませんでした。オカルトな噂はありますが、いずれも創作でした」
相沢が資料を出して流暢に補足説明をする。
普段のふざけた言動からは想像できない、凛とした真面目な雰囲気だ。
追及の視線を受けた男は露骨に目を逸らしつつ、辛うじて反論する。
「我々はあの峠の問題を解消するために、あなた達に依頼をしただけです……他には何もありませんよ」
「じゃあなぜお前に怨霊がこびり付いているんだ」
「え?」
男の背後には夥しい量の霊がいた。
禍々しい雰囲気で絶えず男に呪詛を振り撒いている。
霊感の薄い男はそれを感じ取れていなかった。
だから俺は淡々と指摘する。
「ヘドロのような怨念だ。お前の命を少しずつ吸い取っている」
「そ、そんな馬鹿な。私はただ指示通りに動いているだけで……」
「買った恨みは霊が示している。七原峠に霊が集まっているのも、そういう裏稼業の影響だろう。殺した死体でも捨てているんじゃないか?」
「どうしてそれを……あっ」
男がしまったという顔で口を塞いだ。
しかしもう遅い。
もっと前の段階で察していたが、やはり後ろめたい事情があるらしい。
「俺達は金を貰って祓うだけ……それ以外のことはどうでもいい。だからこれは善意の忠告だ。何事もやりすぎると自らの首を絞め、取り返しの付かないことになるぞ」
「ひ、ひいッ!」
男は悲鳴を上げて逃げ出した。
残された茶封筒を相沢に投げ渡し、俺は小さく嘆息する。
「あいつ、死んだな」
「どれくらい耐えますかね」
「長くて一か月……早ければ今週中ってところか」
「儚い命ですねえ」
別に同情はしない。
すべて自業自得である。
茶封筒の中身を確認しつつ、相沢は俺に尋ねた。
「ちなみに今の人の霊、美味しそうでした?」
「そうだな。食いたかった」
「食べちゃえばよかったじゃないですか。人助けになりますし」
「ボランティアの除霊はやらん。依頼なら食ってやる。それだけだ」
そう言ったそばから腹が鳴った。
相沢がニヤニヤと笑うので、俺は顰め面で舌打ちする。
「新しい依頼、取ってきましょうか?」
「……ああ、頼む」
「どういう霊が好みです?」
「美味い奴がいい。長い間、霊として活動している個体がベストだな。熟成された味わいがあるんだ」
「あはは、一ミリも想像できませんが探しておきますね」
そう言って相沢は事務所を出て行く。
あちこちに営業をかけて、新しい依頼を取ってくるつもりなのだろう。
インターネットの普及した現代でも、相沢は古臭いやり方を好む。
メールや電話だけでも仕事は確保できそうだが、それでは駄目らしい。
相沢曰く「相手の顔を見てから仕事を決めた方がいい」そうだ。
効率重視の俺には分からないこだわりだった。
(俺も少しチェックしておくか)
全国各地では、毎日のように心霊による被害が発生している。
霊能力者が対処にあたっているが、慢性的な人手不足で放置されている案件も多い。
基本的に俺は依頼で異を満たす主義ではあるものの、近場にいる味の良さそうな"非常食"は常にチェックしておかないといけない。
こんな体質の俺があとどれだけ生きているのか。
それはさっぱり分からないが、元気なうちは霊を喰い続けようと思う。
霊討喰頻 ~霊を喰い殺す男~ 結城からく @yuishilo
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