第18話 豹変

 僕が初めてファーヴィスに行った夜。話しかけてきたのは妙に愛嬌のある背の高い男だった。今僕は、その男の立場に立っている。ここから見る昔の僕はすごく小さくて、そして何も知らない顔をしていて、可笑しくて自然と口角が上がった。



「あの〜すみません」



 道を聞かれると思って脳内にこの辺の地図でも思い浮かべていることだろう。これから全く知らない土地に放り込まれるとも知らずに。僕はファーヴィスの発音を使って昔の僕に尋ねる。

 手には二万年後のファーヴィスへ移動するためのカードが数枚握られていた。


譎エबें✳︎च〒繧◻︎Υ〜Ö€君を連れてファーヴィスに行きたいんですけど」

「……え?」


 僕はゆっくりと手に持ったカードで術を構成した。役目を果たしたカードがぱらぱらと舞い落ちる。

 何もできずにただ驚いた顔のままの僕と共に、ファーヴィスへ降り立った。存在を悟られないよう、僕はすぐに再建直後のファーヴィスへ向かう。これから長い長い時を生きる僕へ何か一言残してもいいかななんて思ったけれど。僕自身は僕を攫った男を一度しか見ていないし、多分何も言わずにサイリィに色々聴きながら過ごすのがいいだろう。


「……っ」


 転移を連発で行うと容姿が大きく変化してしまうことがあるガウーベルでは教わったが、それも怖くなかった。僕にはこれまで背が高くなるという変化しかなかったからかもしれないし、僕にとってはそんなことどうだっていい。だってこれからサイリィが蘇ることを知っているのだから。その事実があるだけでよかった。


「…………」


 気がつけば僕は誰もいない異世界案内所の目の前にいた。再建後とは思えないほど前の世界のまま。看板の文字もそのまま作られている。後ろから強い風が吹いて久々の塔の上の感触を味わった。ガウーベルにいる時間、ずっと地上で過ごしていたのもあるだろう。


「……?」


 しかし意識はすぐに別のものに逸らされる。視界の端に綺麗な水色が見えた気がしたからだ。それはカーテンのようにさらりとフレームアウトしていく。


 まるでサイリィの髪の毛みたいに美しかったなと思い、その後すぐに頭が真っ白になった。


 はっと息を呑んで僕は鏡を取り出す。確かめるのは僕自身の今の容姿だ。ガウーベルを出てから連続で4回の移動。鏡に映ったその姿を見て声にならない声が漏れる。




 背が高くなるなんて生ぬるいものじゃない。僕は異世界転移の影響をばっちり受けていた。



「サイ、……リィ」


 映っていたその姿は、サイリィの若い頃の写真と瓜二つだった。

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