最終話 輪廻
「サイ、……リィ」
鏡を見ながら、僕は呆然と呟く。ファーヴィスに戻るまでに繰り返した異世界転移がここまで僕に影響を与えるだなんて知らなかったから。今の自分の姿を見てようやく二万年後のファーヴィスにサイリィがいた理由がわかる。
彼は蘇ったんじゃない。僕が彼に変貌したんだ。
信じがたいけれど、でも今思えば納得できる出来事は多い。
”タツキ、いい名前だね。なんだか懐かしさを感じる音の響きだ”
最初に名乗った時、サイリィは僕を見てそう言った。懐かしいなんてもんじゃない。タツキはサイリィが忘れた記憶の中にある、自分の名前だったんんだ。サイリィは頭を打って一万年前以前の記憶を失っていた。僕だった時間を忘れていた。でも彼のどこかで懐かしむことはできていたんだと思う。
「……そっか」
彼はエスパーみたいに僕の心を読んだ。でも多分読んだんじゃない。思考が同じだっただけだ。初めて理解者を見つけたなんて思ったけれど、自分で自分に共感しただけだったってこと。
サイリィはファーヴィスの墓地に眠った。だからファーヴィスに囚われた。そして僕も同じ運命をだ取り続けるだろう。
崩壊と再建を繰り返しながらファーヴィスは続いていく。その輪廻の中に僕も加わり、続いていくのだ。そしていつかはそれを忘れ、知らないまま死んでいく。ファーヴィスが好きだからここに埋めてと新しい僕に頼んで。
ーーーーー
それから、長い長い時が経過した。気がつけば最初にファーヴィスに来てから二万年ほどが経過している。随分と大人になり、仕事も考える必要がないほど簡単にこなしている。
「…………」
今日は特に客が少なかった。暇を持て余してくるっとターンを決めてみれば、ふわりと服と髪が踊る。もう随分とサイリィらしくなってきた自分にも慣れつつあった。
ガタッ!!!
「っ!」
本当に唐突だった。ゆっくりと時間が流れていた空間が一気に張り詰める。急に動いたことで手が台に当たり、周りのものが揺れ動いた。異世界案内所のカウンターの内側は結構物でごった返していて、あまり整理されているとは言えなかった。何かが落ちることは日常茶飯事だった。しかし今日は台の上だけに被害は収まらず。頭上にあるカウンターの棚が大きく揺れる。
見上げればすぐに目に入る、サイリィ愛用のピッチャーがゆっくりとこちらに倒れてきていた。
そこでようやく気がつく。サイリィが亡くなる一万年ほど前に頭を打って、一度記憶を失っていたことを。そしてちょうど自分がそのタイミングを迎えつつあることを冷静に数えていた。
二万年も生きたのだ。多少のことでは動じない。目の前の光景を見ながら、他人事のように呟いた。
「あらら……これで忘れちゃうのか」
大きな音を立てて、それはボクの頭を直撃した。
了
ファーヴィス 芦屋 瞭銘 @o_xox9112
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