第2話
「うむぅ……」
5月のある日、新入生たちが大学にも慣れてきたころ。
その新入生の一人である私は、一人図書館でうなっていた。
――最近、「先輩みたいになろう計画」は、それなりにうまくいっている。
――夕菜先輩に紹介された書籍は、かなり難しいものでも読めるようになってきた。
――それなのに
「先輩、なんだか元気がないなぁ……」
最近の夕菜先輩は、なんというか、露骨に疲れている。 私のせいではないと信じたいけど……
「……よし」
私は意を決して、夕菜先輩のもとを訪ねることにした。
「そうか、そう見えてたんだ」
意を決して会いに行くと、夕菜先輩はあっけないほど普通に応対してくれた。
「確かにね、疲れてたかもしれない。それで心配をかけていたんなら、すまなかったね」
「いえ、そんな……」
謝られると、こちらも恐縮してしまう。と、私は先輩の服装について気付いた。
「先輩、今日はスーツなんですね」
「うん、今日は面接でね」
「え、もうですか?」
先輩はまだ3年生。卒業まで2年もあるのに。
「インターンシップも、人気企業だと面接があるんだ。なかなか大変だよ」
「はぁ」
私には想像もつかない世界だ。
「それで、面接が上手くいかなかったんですか?」
「いや、それは大丈夫。……ただ」
「ただ?」
「……こんなに頑張って内定をもらっても、今度はサラリーマンとして働く日々が始まるだけさ。終わりは見えないね」
「……」
憧れの職業につけたら、ハッピーな毎日が待っている、というわけでもないらしい。
「楽しい未来が見えるなら、多少の苦労もがんばれるかなって思ったんだけれど」
「……それは、そうかもしれませんね」
ちょっとがっかりだけど、先輩の言うことは間違っていないかも。
「……未来ってのは、僕らが想像するよりも、ずっと複雑なんだよ」
その言葉に、私は息をのんだ。夕菜先輩の表情はどこか遠くを見つめ、普段のクールな笑顔の裏に、確かな疲労と重い決意が混じっているように見えた。
「どういう意味ですか、先輩?」
夕菜先輩は、ゆっくりと本棚の向こうを見ながら答えた。
「君も、いつかは気づくだろう。内定が出たとき、あるいは面接に合格したとき、喜びと同時に何か空虚なものを感じる。結局、それは次のステージの始まりに過ぎないからね」
夕菜先輩は一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから、続けた。
「毎日がただの繰り返しで、終わりの見えない旅路のように感じることもある。他の日々ならともかく、今みたいに苦しい就活の日々を繰り返すのは――とてもつらいね」
その言葉に、私の心はじわりと揺れた。確かに、夕菜先輩の言葉には現実の厳しさがにじみ出ていた。
「……ごめん、変なこと言っちゃったね。まぁ実際には、みんながみんな、私みたいに苦労するわけでもないだろう」
夕菜先輩はそういって笑った。とてもうつろな、乾いた笑みだった。私はそれに、言いようのない悲しみを感じた。
夕菜先輩、私のあこがれたあなたは、飄々として何事もとらわれないようなあなたは、どこに行ったのですか?
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