第8話 調香師の贈り物


銀座の小さな香水店「Lumière」。ここでは、市販の香水だけでなく、一人ひとりに合わせた香りを調香するサービスがある。


「どんな香りをお探しですか?」


白衣をまとった調香師・奏多は、目の前の女性に静かに問いかけた。彼女は戸惑ったように指先を組み、ためらいがちに答える。


「……特別な日のための香りを」


「特別な日、ですか?」


「ええ……。大切な人と、最後に会う日なんです」


奏多は彼女の瞳を見つめた。その奥に、言葉にできない想いが揺れている。


「思い出の香りはありますか?」


「ラベンダー……。昔、その人の家の庭に咲いていました」


奏多は頷き、カウンターの奥へと向かう。数種類のエッセンスを取り出し、慎重に調合を始めた。


ラベンダーの柔らかな香りに、ベルガモットの爽やかさを加える。そこに、わずかにアンバーを忍ばせることで、温もりと深みを持たせた。


「試してみてください」


彼女は差し出された小瓶を手に取り、そっと手首に吹きかけた。瞬間、目を見開く。


「……あの庭の香り、そのまま……」


涙が、一筋頬を伝った。


「大切な想いが詰まった香りですね」


奏多の言葉に、彼女はゆっくりと頷いた。


「これなら、きっと最後に伝えられる気がします。……ありがとう」


彼女は香水を大切そうに抱きしめ、店を後にした。


奏多は静かに見送る。その香りが、彼女の心を支える力になりますように——。


調香師としての願いを込めて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る