第5話 おばあちゃんのラベンダーの香り

社会人2年目の麻衣は、すっかり疲れ果てていた。


 終わらない業務、厳しい納期、上司の鋭い指摘。毎日ギリギリの気力で働いていたが、ついに心も体も悲鳴を上げた。


 (もう……限界かもしれない)


 休日に何をしても気分が晴れず、食事も喉を通らない。そんなとき、ふと思い出したのは、**田舎の実家と祖母の香り**だった。


 ◇◇◇


 久しぶりに実家の扉を開けると、懐かしい木の香りが鼻をくすぐった。


 「麻衣、よく帰ってきたねぇ」


 祖母の優しい声が迎えてくれる。その瞬間、何かがほどけるようだった。


 麻衣はふと、**祖母がいつもまとっていた香り**に気がつく。優しくて、どこか甘く、心を落ち着かせるような香り。それは、**ラベンダーとサンダルウッドがブレンドされたオーデコロン**だった。


 「おばあちゃん、いつもこの香りしてるよね?」


 「うん、これはね、昔おじいちゃんがプレゼントしてくれた香水なんだよ」


 祖母は笑いながら、小さなガラス瓶を取り出した。クラシカルなデザインのボトルに、淡い紫色の液体が揺れる。


 「ラベンダーはね、リラックス効果があるんだよ。昔からストレスを和らげる香りとして使われてきたの。サンダルウッドは心を落ち着かせる働きがあるから、寝る前につけるとよく眠れるのよ」


 麻衣は、その香りをゆっくりと吸い込んだ。ふわりと広がるラベンダーの清涼感、そしてサンダルウッドの深く温かい余韻。**仕事で張り詰めていた気持ちが、少しずつほどけていくような気がした**。


 「ラベンダーの香りにはね、トップノート、ミドルノート、ベースノートっていう香りの変化があるんだよ。最初は爽やかだけど、時間が経つと少し甘くて優しい香りに変わるの」


 祖母の言葉を聞きながら、麻衣は自分の心境の変化と重ね合わせた。仕事に追われる日々の中で、張り詰めた気持ちばかりを大切にしていた。でも、本当は時間とともに変化していくものを、もっと大切にしてもいいのかもしれない。


 「これをつけてるとね、いつでもおじいちゃんのことを思い出せるの。香りって、記憶と結びついてるのよ」


 麻衣は静かに頷いた。都会の喧騒の中でも、この香りがあれば祖母の温もりを感じられる気がする。


 「麻衣、これ、少しだけ持っていきなさい」


 祖母は、小さなアトマイザーに香水を詰め、麻衣に手渡した。


 「ありがとう、おばあちゃん」


 その夜、麻衣は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。ラベンダーの香りと共に、心に染み込むような温もりを感じながら。


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