第2話 消えたオレンジの香り
1. すれ違う日々
「おかえり」
奈央(なお)は玄関のドアが開く音に振り向いた。
「……ただいま」
夫の涼(りょう)はスーツを脱ぎながら、疲れた様子でソファに座る。
「今日も遅かったね」
「仕事だから仕方ないだろ」
会話が続かない。最近、涼はずっと忙しく、二人で話す時間が減っていた。
奈央はそっと自分の手首を嗅ぐ。そこには、以前二人で選んだ香水の名残があった。
オレンジの香り。
「元気が出る香りだね」
そう言って笑っていた涼の顔が、今は遠い。
2. 香りがなくなった日
ある日、奈央は気づいた。
(あれ……?)
いつもつけていたオレンジの香水の香りが、涼から何の反応も得られなくなっている。
以前は、香るたびに「いい匂いだね」と言ってくれていたのに。
(もしかして、もう興味がない……?)
奈央は不安になり、試しに香水を変えてみた。甘いバニラ、華やかなローズ——でも、涼は何も気づかない。
「ねえ、最近、私の香水変えたの、気づいてた?」
「……え?」
涼は驚いたように奈央を見たが、それ以上の言葉はなかった。
奈央は静かに笑って、香水の瓶をしまった。
(もう、意味がないのかもしれない)
3. 失われた香りの理由
数日後、涼が帰宅すると、奈央はいなかった。
テーブルの上には一枚のメモ。
「少し、一人になりたい」
胸がざわつく。
その時、ふと気づいた。
(……あれ?)
部屋の中から、ほんのわずかに残る香り。
懐かしいオレンジの香り。
昔、奈央がつけていた、大好きな香り——なのに、いつからか感じなくなっていた。
「……俺、いつから嗅げなくなってたんだ?」
思い出す。仕事に追われて、奈央との時間をないがしろにしていた日々。
香りは、ずっとそこにあったのに、自分が気にしなくなっただけだった。
4. 取り戻した香り
数日後、涼は奈央の好きなカフェに向かった。
「……久しぶりだね」
奈央は少し驚いた表情を見せた。
「……仕事は?」
「今日は、奈央に会いたくて、休みをとった」
奈央の目がわずかに揺れる。
その瞬間、涼は気づいた。
(あ、オレンジの香り……)
久しぶりに感じた、あの元気が出る香り。
「今さらかもしれないけど、もう一度、奈央の好きな香りをちゃんと感じたい」
奈央は少し驚いたように目を丸くし、それから静かに笑った。
「……じゃあ、もう一度試してみる?」
風が吹いて、カフェの窓からオレンジの香りがふわりと広がった。
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