【PV418 回】香りがくれた、ひと雫の奇跡

Algo Lighter アルゴライター

第1話 雨上がりのヴェチバー

1. 雨が嫌いな理由

午後六時、灰色の空。雨粒が窓を打ちつける音が、凛の耳に重く響く。


(また雨か……)


会社員の凛(りん)は、いつものように満員電車に揺られ、どんよりとした気分で帰路につく。雨の日が嫌いだった。濡れる靴、湿った空気、そして心まで沈んでしまうような感覚。


2. 香りの記憶

駅を出たところで、ふと目についたのは、小さな香水専門店だった。普段なら通り過ぎるはずなのに、その日はなぜか足が止まった。


「雨の日にお越しとは珍しいですね」


店主は白髪混じりの紳士。どこか懐かしい声だった。


「雨の日が嫌いなんです。なぜか気分が沈んでしまって」


「では、こちらを試してみてください」


差し出された小瓶から広がる香り——湿った土のようでいて、かすかに甘く、落ち着いた香り。


(この匂い……知ってる)


一瞬で記憶が蘇る。地元の縁側で過ごした時間。雨上がりの庭の匂い。紅茶の湯気と、草木の湿った香り——。


「これはヴェチバーという香りです。大地のような深みを持ち、雨の後の空気を清らかにする」


ヴェチバー。

どこか懐かしく、安心できる香り

雨の日の憂鬱な気分は、香りとともに少しずつ薄れていった。


3. 雨上がりの空

店を出ると、小雨が上がりかけていた。ヴェチバーの香りをまとった凛は、ゆっくりと深呼吸をする。


雨の匂いが、心地よく感じられる。


「雨の日も、悪くないかもしれない」


そう思いながら、濡れたアスファルトを踏みしめた。


香りは、記憶を呼び起こし、気持ちを変える——雨の日が嫌いだった凛にとって、それは小さなけれど、大きな変化だった。


歩き出した足取りは、いつもより軽かった。

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