輪廻転生
黒沢京
輪廻転生
蝉の声がぼくの頭上にけたたましく降り注ぐ。
太陽はじりじりと体中を焼き焦がす。
背中が痛いのを我慢して、ぼくは水溜りの中に小さな棒を刺し続ける。
汗で手元が何度も狂う。
神経を集中させ、ぼくは最初の一匹をようやく仕留めた。
「何してるの?そんな所で」
お母さんが声を掛けてきた。
「今ね、虫を助けてるの」
「虫?」
「うん。水溜りに沢山落ちてるんだ。助けてあげないと死んじゃうから」
お母さんはかがみ込んで水溜りを覗き込んだ。
「あらやだ。沢山溺れてるね」
「うん。可愛そうでしょう?」
「そうね。虫さんたちも助けてもらえたらきっと嬉しいね」
「ぼく、生まれ変わったら虫になるんだ」
「虫に?」
「だから今のうちに沢山の虫を助けておくんだ」
「そうね。それなら沢山の虫が友達になってくれるね」
お母さんはそう言って笑った。
夕方近くになってお母さんが言った。
「そろそろ買い物に行きましょうか?」
ぼくはお母さんと手をつないで、近所のスーパーマーケットへ行った。
買い物帰りに近所のおばさんに会った。
大きな犬を飼っているおばさんだ。
お母さんとおばさんは、ぼくと犬のことを忘れてしまったかのように話し出した。
いつの間にか、お母さんはぼくの手を離していた。
ぼくは、ポケットに入れていたスーパーボールを取り出して足元ではねさせた。
犬がそんなぼくを見て、しっぽを振りはじめた。
ぼくは、犬に向かってボールを転がすと、犬は懸命にボールへと駆けだした。
くわえるには小さすぎたスーパーボールが道路へ跳ねた。
「あ!いっちゃう!」
ぼくは、いつの間にか道路へ飛び込んでいた。
その瞬間、大きなトラックがぼくへ向かって突っ込んできた。
ぼくは、トラックの下で肉の塊と化した。
ぼくは、死んだみたいだ。
ある夏の日、ぼくは覚醒した。
ぼくは、やっぱり虫になっていた。
お墓の前でお母さんが泣いている。
お父さんが、おじいちゃんが、おばあちゃんが。
みんなお墓に手を合わせている。
きっと、ぼくのお墓だ。
ぼくは、自分の命日に目覚めたんだ。
「お母さん!ぼくだよ!ぼく、生まれ変わったよ!」
ぼくは懸命にお母さんを呼んだ。
ぷーんと羽音を立てて、お母さんの首元に止まった。
しかし、お母さんには、ぼくの声が届かない。
その時、びしゃり!と、ぼくの身体は破裂した。
お母さんの掌で、ぼくは惨めにへしゃげたのだ。
次に生まれ変わる時は、もっと強いものになってお母さんに会いに行こう。
ぼくは、そう誓って死んだ。
ぼくの命日に、ぼくは死んだ。
ある夏の日、ぼくは覚醒した。
ぼくは、ライオンになっていた。
立派なたてがみのある大きなライオンだ。
これならお母さんにつぶされることもない。
ぼくは、お母さんを探しに行かなければならないのに、
四方を囲む鉄の檻が、それを阻む。
これではお母さんを探しにいけない。
ぼくは、檻の中をうろうろと歩き回った。
すると、檻の向こうにお母さんが見えた。
「お母さん!来てくれたんだね!ぼくだよ!ぼくだよ!」
ぼくは、叫んだ。
「あら、よく吠えるライオンね。ちょっと怖いわ」
「何か、興奮してるんじゃないか?」
そう言った男は小さな男の子を抱っこしている。
「お母さん!その子は誰?その人は誰?」
ぼくは、必死にお母さんへ語りかける。
しかし、お母さんにぼくの声は届かない。
「あらあら、この子、泣き出しちゃったわ。怖いライオンさんね。さ、早くあっちへ行きましょう」
「よーしよし。泣くなよー。強い男になるんだろー」
お母さんと男の人と男の子は、そのままどこかへ行ってしまった。
「お母さん!」
ぼくは声ある限り泣き叫んだ。
檻をかじった。
周りのライオンも噛み殺した。
「ぼくをここから出して!お母さんに会いに行かなきゃ!」
ぼくはその夜、射殺された。
見知らぬ男達に何十発もの銃弾を浴びせられた。
ぼくは、穴だらけになって死んだ。
次に生まれ変わる時は、人間になってお母さんに会いに行こう。
ぼくはそう誓って死んだ。
ぼくの命日に、ぼくは死んだ。
ある夏の日、ぼくは覚醒した。
鏡に映るぼくは、見知らぬ少年だった。
見知らぬぼくは13歳になっていた。
ぼくは、お母さんに会いに行くために階段を駆け下りた。
「これでもう、お母さんには殺されない」
そして、台所で一番大きな包丁を取り出してバッグに入れた。
ぼくは、もう、二度と、お母さんには殺されない。
太陽がじりじりとぼくを照りつける中、ぼくは走った。
ぼくのお墓に走った。
今日はぼくの命日。
お母さんは、ぼくのお墓に涼しい顔で花を供えているのだろう。
蝉の声が、ぼくの背中をどこまでも追いかけた。
【完】
輪廻転生 黒沢京 @k_kurosawa
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