サボり

 四つめの授業が終わる。チャイムがなり、山を風が抜けるように教室がザワザワと音を立て始める。各々持参したお弁当箱を開ける。さまざまの食品の匂いが天井で混ざる。なんとなく今日は学校の空気が合わず、体調が良くないと先生に報告して早退することにした。

 青一色の空は罪悪感を助長する。少し歩くと毎日登下校に使っているバス停に着く。時刻表のギリギリところまで黒く汚れた雪が積もっていた。ここには私とバス停の二人だけ。毎日会っているのに会話の話題は見つからない。ヘッドホンで音楽を聴きながらバスを待つことにする。

 しばらく待つと赤いバスが到着する。ドアがふたつに折り畳まれ開く。乗り込んですぐ右側にある機械にスマホをかざす。車中を見渡すと私以外一人も人が乗っていなようなので、なんとなく優先席に座る。冬と言えど窓越しに浴びる昼の日差しは私の首筋をヒリヒリと削り取る。小学校に入る前の最後の夏祭りで私に焼きイカをくれた黒髪のお姉さんのことをなんとなく思い出す。

 私が席に座るとドアが閉まりバスは進み始める。スマホで漫画を読みながら目的地に着くまでの時間を潰す。ドンッと強い衝撃が車内全体に響きわたる。何事かと思い顔を上げると、向かい側の窓から歩道に突っ込んだ軽自動車が横転しているのが見える。バスにぶつかってそのまま制御が効かず歩道まで進んでしまったのか。不躾な事と分かっていていながら、気になってしまったので向かい側の窓に近寄る。そのバスと軽自動車の二枚の窓を挟んだ先には、充血した目を大きく開き黄色い歯を見せ笑うおばさんが乗っていた。おばさんは車から降り、横転した車を横から押して元の状態に戻す。するとまた軽自動車に乗り込む。おばさんは車道に戻り進み始める。私もさっきまで座っていた席に戻りまた漫画を読み始める。

 バスが緩やかに停車する、バス停に人が待っていたようだ。スマホから顔をあげ、ドアの方に目をやる。入り口からはバスに乗り込む段差を乗り越えるのも一苦労な老女が乗り込んでくる。老女は猫の舌のようにペロっと出ている整理券を引っ張り、運転席の真後ろにあり、進行方向を向いている一人席に座る。優先席に座っている気まずさも相待って老女を一瞥する。老女はこちらを気にする様子もないのでまた漫画を読み始める。漫画を一話読み終えたタイミングで左の肘置きに着いている(つぎとまります)のライトが光る。もう老女は降りるのだと思いそちらを見る。老女は降りるためのお金を準備するために財布をあさっている。なかなか目的の小銭がみつからないのか、がま口をほじくり返していると手に持っていた整理券がヒラヒラと老女が座っていた椅子の左に落ちる。あの老体では落ちた紙を拾うのも一苦労だろうと拾いに行こうとした瞬間、老女は椅子に座ったまま腕を伸ばした。彼女の手は整理券に届いていた。バス停につき老女は降りていく。

 老女が降りるのと同時に今度はジーンズに胸元の開いたニットを着た、金髪で顔立ちの整った女性が入ってくる。彼女はピッと整理券を取って、後方にある進行方向を向いている二人並びの席に座る。こんなに華やかな女性でもこんなバスに乗るのか。なんて当たり前な事だけれど、少し親近感を感じる。煌びやかな大学生活に憧れた勢いでSNSを見て、そこにいる女性のような私を妄想する。しばらくするとバスが緩やかに止まる。しかしバス停には着いておらず(つぎとまります)のボタンは光っていない。特別な乗客が乗ってくるのかと入り口を見る。するとそこには三人の女性に囲まれたスレンダーでハンサムな男性が入ってくる。男性は入ってきてすぐに前のバス停から乗っていた女性の方を見る。男性は一緒に入ってきた三人の女性を振り払い金髪の女性に駆け寄る。男性は金髪の女性と何かを話し、女性の隣の席に座る。振り払われた三人の内二人は悔しそうな顔をしながらバスを降りて走っていき、もう一人はホームセンターに入っていく。ドアが閉まりバスが進み始めるとすぐに(つぎとまります)のボタンが光る。バスが緩やかに停車し、金髪の女性は男性と腕を組みバスを降りていく。

 バス停を一つ通り越してその次のバス停でまた停車する。そこではランドセルを背負った男の子が乗車する。男の子は自分の目と同じ高さにある整理券を取る。男の子は一番後ろの五人横並びの席の真ん中に座る。私は一人でバスに乗れて偉いな。と感心する。私の小学生の頃が懐かしくなり小学校の頃の友達にメッセージアプリで「空いてる日にご飯でも行こう」と送る。友達と遊びに行くためのいい感じのお店を探していると、またバスが緩やかに止まる。まだ走り出してすぐなので何が起こるのかと気になり入り口を見る。すると入り口からは黒いスーツを着た男が最新のゲーム機を持って入ってくる。スーツを着た男は男の子の右隣にゲーム機を置きそのままバスを降りていく。ドアが閉まり発進すると同時に(つぎとまります)のボタンが光る。男の子は嬉しそうにゲーム機を見つめた後、お会計のための小銭を用意しようと財布の中を見る。しかし男の子の顔は途端に青くなる。男の子は焦って財布の中を探し始める。普段から適当にお会計しているであろう財布は小銭でパンパンに詰まっていた。大量に小銭がある財布の中を掻き回しているいる指は赤く染まっていた。そして緩やかにバスが止まる。男の子は降り口に向かって歩きながらまだ財布の中を掻き回している。私は男の子に足を引っ掛けて転ばせる。財布の中の小銭が床に散らばる。男の子はその中から一枚だけ小銭を拾い、走ってバスを降りていく。さっきまで男の子がいた席にはゲーム機が寂しそうに座っていた。

 あと十数分で目的地に着くというタイミングでまたバスが緩やかに止まる。今度は会社員風の小太りの中年のおじさんが入ってきた。暇つぶしもそこをつきてしまったのでなんとなくその男を見ていた。男は整理券をとり、さっき老女が座っていた席に座る。斜め後ろから見てもハッキリとわかるほどに男の口角は上がっていた。それ以外に面白い事はなく男を見るのも飽きてしまったので向かいの窓の外を見る。しばらく外をぼーっと見ていると救急車とパトカーが何台も並んでバスとすれ違う。それと同時に(つぎとまります)のボタンが光る。男はバスが緩やかに止まるまで肩を揺らして笑っていた。バスが止まった。そこで男はハッと顔を上げる。席をたち、歩きながら急いで財布を出し慌てて中を探す。しかし運賃投入口の前まで辿り着いてしまう。運転席からゆっくりと二本の白い腕が伸びてくる。腕は男の頭と胸ぐらを掴みゆっくりと引き込んでいく。運転席の中は見えない。見たくない。小さい頃からずっとそこに何か神秘的なものを感じるから。「助けて。女!助けろ!」ヘッドホンをしていてもハッキリと聞こえる男の声。…もう聞こえない。またバスが進み始める。

 目的地に着いたのでヘッドホンを外す。プシューとドアが開く。運賃の会計をしようとバスの前方にある機械にスマホをかざす。ピッと会計の済んだ音を確認してバスを降りようとすると「次回お使いください」と運転手に黒く光る500円玉を渡される。私はそれを自販機に入れ、今日はオレンジジュースを買う。

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