せいさん

バスを降り、だだっ広い駐車場を堂々と歩く。ガラス張りのドアは店の中にもう一つ太陽があるかのように青い空と溶けかかって汚れた雪を反射する。鼻を劈くような濃い花の匂いする花屋の前で花が風に揺られている。露出の多いお姉さんが道端に捨てた風車を友達と拾って遊んだ夏祭りを思い出す。

手押しのドアを抜けてすぐ右に真っ青な不凍液が売られているのを見て、まだ自分が冬を越しきれていないことを実感する。そのまま数歩歩き、奥にある自動ドアの前で少し歩く速度を遅める。少し汚れた自動ドアは霧が晴れるように素直に開き、店の横に置いてあるカゴは私を歓迎する。

最初に店に入って一番近くにある園芸用品のある売り場へ入る。一番手前の棚には肥料や除草剤が置いてある。この二つを並べて園芸を始めたてのお客さんが間違えてしまっても良いものなのかと少し疑問に思う。でも私にはあまり関係ないので気にせず裏の成分表を見る。何が書いてあるか珍紛漢紛だったがなんとなく口に入れても大丈夫そうな気がした。そのまま視線を横にずらしていくと五百円くらいの片手で持てるサイズの雑草抜きを見つける。これは確実に使う。と思い買い物カゴに入れる。くるくる刃が回るタイプの草刈機も見てみたいと思い先へ進む。突き当たりまで歩くと、片手持ちの掃除機のような白い持ち手の草刈機が一台展示されているのが見える。その草刈機の前にはマトリョーシカに短い手足を生やして大きくしたような気味の悪い大柄な男が立っている。男は展示されている草刈機を数秒間じっと睨む。すると充電コードを引きちぎり、草刈機本体を肩に担ぎ上げて出口へ向かう。自動ドアを通過すると同時に複数人の店員が男の元へ向かう。ずんぐりむっくりな巨体を囲う店員たちは衛星のようで滑稽だった。しばらく見ていると男は店員に腕を掴まれて(staff Only)と書かれた扉の中に入って行った。逆上して暴れるのではないかと少し期待していたが、穏便に終わってしまい少し落胆する。

園芸用品にも飽きて顔を上げると、DYIと書いてある棚の方に派手に垂れ幕で宣伝されている手持ちの電動ドリルを見つける。私はそれに興味を持ち、垂れ幕の下まで歩いていく。電動ドリルのある棚の列につき、棚の前を見るとまだ幼い男の子が一人で電動ドリルを凝視している。私は気にせず男の子の隣にたち電動ドリルの入った箱を手に持ち裏側の注意書きを読む。「お姉ちゃんこれ買って」男の子が私のベージュのベルトをクイクイとひっぱり緊張したような声で頼む。「何に使うの?」としゃがみ男の子と目線を合わせて話す。「あの…えっと、パパにね、必要なの」としどろもどろになりながら一生懸命話す「パパが何か作るの?」と私が聞くと「パパは作らない。僕の…」と男の子が言いかけたタイミングで「うちの子が本当にすみません。失礼します」と言いお腹を大きく膨らませて、まだお喋りもできなそうな赤ちゃんを抱えた母親らしき女性が男の子を手を引き、すごい勢いで歩ていく。母親は大変だな。と思いながら電動ドリルの箱をぼんやりと眺め、幼少期を思い出して親子愛に嫉妬する。ガッガと鈍い音が二つしてハッと意識が電動ドリルに戻る。音の出どころが気になり棚の隙間から顔を出し周りを確認する。するとさっきの男が草刈機の白い持ち手をいちごミルクのようにまばらに赤く染めて店の裏から出てきた。男はそのまま店を出て軽自動車の隣に止めてある白いミニバンに乗り込む。

 しばらく店内をふらふらと歩き、マスクとゴム手袋をカゴに入る。他に買うものはないかと商品看板を見ると自動車関連の道具を売っているコーナーがある。免許も車も持っていないが何か使えるものはないかと商品棚の隙間に入る。ワイパーや解凍スプレーなどしかおいてなく、自分には使えるものはないかと思いつつも次の棚の列へ向かう。ふと車用の消臭スプレーなら使うかもと自分の閃きに愉悦を覚えつつ次の棚の列の中をのぞく。すると覗き込んだすぐ前には目を瞑り両手で髪にシャカシャカと荒い泡を馴染ませ、その場にしゃがみ込んでいるおばさんいた。おばさんの足元では大量の青い液体が水溜りを作っている。その水溜りには(ウォッシャー液)(カーシャンプー)と書かれた2本の空のボトルが浸っていた。青い液体の水たまりがゆっくり私の足元まで広り、思わず「きしょっ」と声をあげる。おばさんは目を閉じたまま汚く黄ばんだ歯を見せつけこっちを向く。おばさんの体臭が少しキツかったし、顔もおそらく見られていないので黙ってその場さる。

 また少し歩くと他のコーナーより数段明るい照明を売っているエリアが目に入る。何か使える物はないかと焚き火に吸い込まれる虫のようにフラッと角を曲がる。一つ一つ照明を見ながら横歩きで進んでいるとトンと肩がぶつかる。「すみません。前見てなくて」と私は慌てて謝罪する。「いえいえ。大丈夫です」と爽やかな男性が笑顔で応える。すると男性の後ろから小柄な女性が出てきて「あんたが周り見てないからでしょ。こちらこそすいません」と女性は男性の肩を軽く叩き、私に優しく笑いかける。私は会釈して彼らの後ろにある太い筒に無数に刺さっている蛍光灯を一つ手にとる。箱を開け、中身を取り出す。商品に夢中になっているその男性の後頭部に蛍光灯を振り下ろす。男は頭を押さえてうずくまり、蛍光灯はパリーンと角を生やし半分ほどの長さになる。いきなりの惨事にあっけに取られている女性の背中をその角で突き刺す。女性はその場に倒れ込み男は「お姉ちゃん!大丈夫!」と狼狽した様子で女性にしがみつく。やばい、早とちりした。と照明売り場の隙間を抜けてすぐの棚にある包帯と絆創膏を走って取りに行き、その姉弟に投げつける。この店に居続けるのも気まずくなり早足で出口へ向かう。

 ようやく出口に辿り着き自動ドアを通過しようとした時「お客様。お待ちください」と中年のおばさん店員に呼び止められる。「はぁ?」と焦っていてぶっきらぼうに返す。「そちらの商品レジ通してないですよね?」と電動ドリルと雑草抜きが入ったカゴを指差す。「すみません。忘れてました」と言いその場にカゴを置いて店を出ようとする。「お待ちください!」と叫ばれ腕を掴まれる「少しお話ししましょう」と落ち着いた声で店員が言う。腕を掴む力は異常に強く振り払えそうになかったので渋々おばさんに連れられ店の裏に入る。「万引きですか?」とおばさんが言う。「すみません。焦っていてカゴを持っていることを忘れていました」「何に焦っていたんですか?」「人に追われていて」「誰に?」「知らない人です」「なぜ?」おばさんの高圧的な態度にイライラして足元にあったプラスチックの箱を蹴っ飛ばす。ガシャっと音を立てて箱はロッカーに当たる。箱の当たった反動でロッカーがキーと音を立てて開き中が見える。ロッカーの中には、さっき芝刈り機を担いで店を出て行ったはずの大柄の男が頭から血を流し店の制服を着て立っていた。しっかり生きている。この光景を不思議に思い、おばさんに男のことを質問しようとする。正面を向くとおばさんは雑草抜きの包装をパキパキと外していた。おばさんは雑草抜きを集中して見ていたのでゆっくりと立ち上がり、兎のように急加速して店を出た。

 店の最寄りから二つ離れたバス停からバスに乗り込む。窓の外にいるスーツ姿のおじさんを見て今年就活か。とテスト以来の憂鬱な気持ちになる。一人暮らししてるアパートの前のバス停につき降りる。エレベータで住んでいる部屋がある四階まで上がる。鍵を回しドアを開ける。家に入り、電気をつける。うわっ。なんか眩しい。

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