妄執市
@sokonukegutu
往路
雲ひとつない晴天、つむじの真上に太陽があり強い風が吹いている。両耳にイヤホンを着けダウンのポケットに手を突っ込んで歩く。コンビニで買ったおにぎりとインスタント味噌汁の入ったビニール袋を左の手首にかけている。左足が前に動くたびにビニール袋もゆさゆさと揺れる。ひと季節かけて積もった雪が日光に照らされてテカテカ光っている。雪に混じっていた土が表面に現れ、子供の頃に夏祭りでお母さんに買ってもらったかき氷を金髪の兄さんにぶつかって地面に落としてしまったことを思い出す。ヒューと冷たい風が首元から服の中に入り体がブルッと震える。一歩進むたびにベチャッベチャッと溶けかけた汚い氷水が茶色いスノーブーツに絡み付く。
十メートルほど先には交差点がある。日光に照らされた信号機の光は確認し難いが、微かに青か強く光っているように見える。そのまま信号の前まで歩みを進める。あと数歩で信号に差し掛かろうというところで信号は私を揶揄うように点滅し始める。アスファルトの上に溜まった茶色く濁った水溜りの上、走って駆け抜けようという気にもならない。私は仕方なく今はまだ赤く光る信号の方を見る。少し待つと信号は諦めたように青く光る。私はまた歩き始める。
しばらく歩いた後、この辺りでさっき信号を渡って到着するはずだった向かい側の歩道に行こうと、今いる歩道の端に積もった雪に度々空いている車が出入りするための隙間から道路に首を出し左右を確認する。すると右から赤いバスが走って来ているのが見える。バスが通り過ぎるのを待つほどでもないので雪の間から首を引っ込め、また歩き始める。歩道に戻りふと自分の右を通り過ぎるバスの中央より少し前の窓を見る。すると近くの高校の制服を着てヘッドホンを着けた女性と目が合う。平日の昼間になんで女子高生がバスに乗っているのだろう?と疑問の思う。
それからまたしばらく歩いた後、また向こう側の歩道へ渡ろうと道路の左右を確認する。今度は左から軽自動車が来るのが見える。今回は車が通り過ぎるのを待ってから渡ろうと少し立ち止まる。その車が左から右へ目の前を通り過ぎる三秒弱の間、軽自動車の窓から目を大きく開き黄色い歯を見せて笑う婦人に目を合わせられる。私は少し気まずい気分になる。
軽自動車も通り過ぎ、目的地である向こうの歩道を見る。リードを引いたお爺さんが向かい側から歩いて来ていることに気づく。雪が積もっていて何を散歩させているのかは見えないが、雪で狭くなっている道を二人と一匹ですれ違うのは少し厳しいか。と思いまた雪の間から首を引っ込める。しかし向かい側のお爺さんがどんな犬種を散歩させているのか気になってしまった。小さなプードルやチワワか、それともゴールデンレトリバーなどの大型犬か、それともお爺さんの後ろを歩いている感じ散歩を嫌がる犬か?ならば柴犬の印象が強い。などと想像を膨らませて歩く。どうしても気になってしまい雪の隙間から犬の様子が見えるまで少し立ち止まって待機する。お爺さんの足が雪の隙間から見え、ついに後を追ってリードの先が見えた。それを見て私は酷く落胆した。何もつていなかったのだ。お爺さんがただリードを引きずっていただけ。興が冷めてしまった私とお爺さんの目が合う。お爺さんはニッコリと笑い「今日はいい天気ですな。うちの孫も喜んでる」とイヤホンで音楽を聞いていてもハッキリと認識できるくらい大きな声で話しかけてくる。ボケた爺さんでも楽しそうだな。と温かい気分になりつつ、私は首を落とすマジックのように正面をむたまま小さく会釈して。そのまま歩き出す。
また道を歩き出そうとさっきまで見ていた方向に体を向ける。すると若い男女が隣り合って歩いている。楽しそうに二人で笑い合っている上に男が車道側を歩いている様子を見て、きっとカップルだ。と推測し彼らの幸せを願う。男が私の存在に気づき、すれ違うスペースを作るために彼女の後ろに回ろうとする。しかし慌てて方向転換をしてしまったからか、一歩目で溶け切っていない氷を踏んでその場で転んでしまう。女はそれを見て、両手で口を押さえ目を細めて笑っている。明るいカップルだな。と思いつつ「すみません。ありがとうございます」と言い小走りで女の右側を通り過ぎる。
結局突き当たりまで来てしまい、そこで体を右に向けてまた歩き始める。そこから目的地はもう近い。一分もしないうちにアパートに着いた。イヤホンを外しポケットの中にしまう。ドアノブの下にある鍵穴に鍵を刺してドアを開ける。「ただいま」と言うとまだ声変わりもしていない男の子が元気よく走ってくる。その元気に負けないように走ってくる勢いを抑え、男の子をだっこする。左腕で男の子を抱えたまま右手でドアを閉め鍵穴に鍵を刺し回す。ガチャガチャとドアノブを数回まわし、しっかり鍵が閉まっていることを確認する。コンビニで買ってきた商品をトースターに入れてつまみを回す。三分経ったらそれらをお皿に盛り付けて男の子の前に出し「ごめん俺はうちでやることあるから今日はもう帰るね」と言って部屋を出て鍵を閉める。
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