恋のファッションセレクション
白川津 中々
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さて困ったという風に村瀬は座っていた。
ワンルーム、平素より小汚い部屋がより散らかり足の踏み場も無くなっているのは着古した服が散乱しているからである。
村瀬が意中の女、佐奈山コカトリスとデートの約束を取り付けたのは先週の事。金をかき集め電子決済サービスに入金し費用面はクリア。カフェからそういうホテルまでのルートを企画しなんとか賄えるまでに至るが、抜かりが発覚。村瀬は清潔感のある服を持っていなかったのだ。タンスの中には何年前のデザインだという衣装ばかり。いずれも毛玉糸屑皺だらけである。これで初デートに行くのか。否、村瀬はそこまで恥知らずではない。なんとか体裁を取り繕う工夫をしようと断行を決意したのであった。用意したるはハサミと熱湯と漫画雑誌。何をする気なのかといえば明白。毛玉と糸屑を切り離し、熱湯で繊維を弛緩。厚みのある漫画雑誌で引き伸ばし皺を取り除かんという計画である。これまで家事の類を仕ったことがない村瀬本人的には完璧という言葉以外に許容する術がなく、また口を挟む者もいなかったため即座に実行。えいやで入るハサミの刃。次々に取り除かれていく布屑。地味な作業。時間の経過により集中力は低下していく。その結末は多くの人の予想の範疇。穴。洋服が貫通し裂け目から虚無がハローニューワールド。ご機嫌な調子で彼女の悲鳴を無事ゲットな洒落にもならない破滅的出立確定アイテムへと進化したのである。
やってしまった。これはもう無理と、常人ならいうだろう。だが村瀬は諦めない。諦めの悪さは誰にも負けない。じっくりと、それこそ穴が開くほど見つめ「ま、これもありかもしれん」と混乱気味に判断。次のアクションに移る。熱湯に浸け、カチカチのサラピンに戻す工程。服を持ち上げ、さぁお湯につけようとした瞬間、気がつく。その緩さに。なんたるミステイク。ハサミ作業の間にお湯の熱が失われてしまったのだ。「ちくしょう」という虚しい嘆きと同時に再着火。手際の悪さに地団駄を踏むも閃き。このまま服をお湯に入れて沸騰させてやればいいのではという横着極まりない発想が村瀬の頭に浮かんだ。「俺は天才かもしれん」と自画自賛し小躍りしながら待つ事十分弱。布煮込み鍋を覗く村瀬は異変に気がつく。水がドブ色に変色しているのだ。アチチと間抜けに服を取り出すと貧乏くさい色落ちを確認。サイズもダウン。煮沸処理によってなにもかも台無しとなってしまったのである。
しかし、しかしである。やはり村瀬は諦めの悪い男。クタクタとなった服を寝かせ、その上から漫画雑誌で伸ばす! もしかしたらワンチャンいけるかもという期待を胸にして、さぁ、どうなったかといえば途中で表紙が破れてしまい紙屑模様がトッピング。貧困色のパステルカラーに艶かしい玉模様。現代的モダンアートがここに誕生。第三者が目にすれば間違いなくこう言うだろう「ゴミ」だと。
村瀬は悩んだ。これを着て街を歩けばある意味伝説となれる。新たな時代のファッションリーダー着任の可能性もゼロではないが、常識という観点で捉えると、こんなゴミに身を包んでいる人間はどう考えても振り切った異常者として認識されるだろう。ようやくこぎつけた初デート。佐奈山コカトリスの美的感覚の欠落に賭けるのはあまりにリスキー。とはいえ、もはや服を買う金もない。どうするか。他のボロ服を綺麗にするか、それともいつもの雑魚コーディネートで挑むか、村瀬は悩みに悩み、時間が経過していった。
当日。待ち合わせ場所にいたのはおろしたてのセットアップに身を包んだ村瀬の姿であった。
無論、この衣装は新たに購入したものである。そんな金をどこから捻出したのか。デートコースの最終目的地である、そういうホテル代を使ったのだ。男村瀬、初デートを健全に終わらせる決断をくだす。これはまさに、血涙の覚悟であった。
「お待たせ」
五分遅れで佐奈山コカトリス登場。薄いピンクを基調とした春の装い。
そんな彼女は村瀬をまじまじと見て、口を開いた。
「意外だね。かっこいいじゃん、服」
村瀬はその一言によって救われた。
ボロクシャとなった服と大人の階段の通行料を犠牲にして、佐奈山コカトリスの好感度を得たのである。時間と金を無駄にしたが、ある意味これは正解だったかもしれない。隣に佇む佐奈山コカトリスは満更でもない表情を浮かべているが、もし、新規購入した服でなかったら眉間に皺を寄せていただろう。当たり前だ。見た目に気をつかわない男など基本論外。村瀬はそれを知らなかったが、意図せずチャンスを得たのだ。人間万事塞翁が馬である。
「どこ行こうね」
楽しそうに笑う佐奈山コカトリスを見て、村瀬は幸せを噛み締めた。だが気を抜かないでいただきたい。ここから先が本当の付き合いなのだから。あぁ村瀬よ。愚直な君に、どうか幸あれ。
恋のファッションセレクション 白川津 中々 @taka1212384
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