第2話 静止した世界

 少女の足元を覆う灰色の石畳は、冷たく静かだった。

 歩みを進めても、周囲の空気はまるで凍りついたように動かない。


 王国の街並みは、美しい彫刻や塔が立ち並ぶ壮麗なものだった。

 だが、人々の姿はなく、代わりに石造りの彫像のような影が並んでいる。

 まるで時間が止まってしまったかのように。


 少女は、ふと足を止めた。

 目の前には市場の光景が広がっている。

 果物を手に取ろうとした男、笑顔で声をかける女商人、駆け回る子どもたち——

 しかし、彼らは皆、微動だにせず、静止したままの姿だった。


 「……私だけが、動いている?」


 声は虚空に消え、誰にも届かない。

 少女の手のひらを見つめると、そこには何もない。


 砂時計を砕かれた者に与えられるのは“無”だった。

 時間を失った者は、人々の記憶からも消え去る。

 彼女がここにいることに気づく者は、誰もいない。


 ——存在しない者として、ただ彷徨うだけ。


 少女は震える手を握りしめ、王国の大通りを歩き始めた。




 石造りの時計塔の下にたどり着いたとき、少女はふと足を止めた。

 塔の頂には巨大な時計盤が掲げられている。

 しかし、針は12の位置で止まり、まるで永遠の静止を告げているかのようだった。


 「時が……止まっている?」


 王国のどこにも時の流れは感じられなかった。

 風も吹かず、太陽も動かず、ただ重苦しい沈黙だけが漂っている。


 彼女はその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。

 砕かれた砂時計の欠片が思い出される。

 自分が失った時間。

 自分が背負うべき罪。


 ——それでも。


 少女はゆっくりと立ち上がった。


 「私は……まだ歩ける」


 クロノスの言葉が脳裏に響く。


 ——過去の罪と向き合い、運命を掴む覚悟があるのなら。


 静止した世界の中で、少女は小さな一歩を踏み出した。

 彼女の旅は、まだ始まったばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る