そこわかれ-4
「ここです」
はっと気がつくと那智は日本家屋の前に立っていた。荘厳な
出入りの門に蔵まであってまるで時代劇で見る偉い人の屋敷みたいだ。
ひとなみにそんなことを那智は思う。
それより。
ここにどうやってきたのか思い出せない。
それを気にすべきなのに、頭の中に霧が渦巻いているように考えに集中できない。
「来てください」
その言葉に従ってよろよろと歩みを進める。
やめろ。
それ以上行くな。
心の内でそんな声がした。
そんな声さえかき消えて。
足が勝手に動いていく。
目の前に、古い井戸が見えた。
昔は水を汲んでいたであろう
頭がふらふらした。
酒を飲んだ時みたいだ。
なんとか踏ん張って立っている。
「井戸の底を覗いてください」
言われるがままに井戸の淵に立つ。
下に広がるのは漆黒の闇と、わずかに水があるような気配。ぴちょん、と水が垂れる音までする。
しかし、水は見えない。
目の先にはただ闇と乾いた土のにおい。
今時こんなふうに使われている井戸があるのか?
そもそも水が干上がっているから桶もなく、滑車も千切れそうな状態であるのに。
「きて」
女が言った。
那智の後ろフッと耳元に息のかかるところまできて、しなだれかかる。
「見てほしいの、井戸の底を」
「……それが依頼?」
「ええ、お願い」
依頼……、お願いならしょうがないかとそのまま踏み切って井戸の中、さらに奥まで覗こうとしたところで、大声がかかった。
「那智、やめろ!」
普段はあまり聞かない真剣な声。
普段。そう、いつも聞いていて。
ぼんやりする頭で井戸の淵から離れたところでタックルをくらった。
もろに地面へと倒れこむ。
「痛っ」
黒い上下の服に無骨なサングラスをかけた、夜に溶けこむような容姿の男。
刻人がそこに立っていた。
「ひどいよ。いきなりどつかなくてもいいじゃん……」
全然綺麗にはならないが、服を叩いて気持ちだけ砂をはらってくれた。
那智は舌打ちした。
「もう最低。気に入ってた服だったのに砂塗れだし」
砂?
さらさらと那智は砂を手からこぼしてみせた。
やはりここは乾燥している。
こんな乾いた井戸に水なんか入っているはずはないのだ。
見渡せばそばに立っていたはずの女がどこにもいなく、ひたすらに荒れ果てた庭に腰をついていた。
伸び放題の雑草に、乾燥して割れた井戸の岩。
なかば朽ち果てた、廃墟がそこに立っていた。
「なにこれ……。どういうこと」
「おい大丈夫か」
今更ながらスッと背筋が冷える。
呆然としながら差し出された手にすがると、刻人の後ろから声がした。
「あの……。大丈夫ですか」
その顔を見て那智はあんぐりと口を開けた。
「あんたさっきの……!」
さっき?と女が首を傾げる。
那智もハッと気づいた。
「いや違う……。あんた誰?」
那智がそう言うと刻人が引き継いだ。
「この家の、持ち主だ」
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