第5話

【ユリ視点】




 例えるなら暗がりで、あともう一段階段があるような気がして踏み出したら、もう階段が終わってたみたいな感じだった。


 アイちゃんが飛び降りた瞬間。


 そこは地面だったみたいで。


 より正確に言うのなら、私達が忍び込んだ窓の下だった。


 つまり、スタート地点に戻ってきたって感じなのだ。


「案ずるよりも産むがやすしって感じだったね」


「アイちゃん。こうなるの分かってたの?」


「まさか。一か八か。命がけのダイビングだったよ」


 そのわりには余裕たっぷりな声色だったけど……


 まぁ、いいや二人とも無事に脱出できたし。


「じゃぁ、靴をはいてから、窓を閉めて逃げるとしようか」


「そうだね」


 アイちゃんのお姫様抱っこから解放された私は……


 さっきまで明るいところに居たせいで足元にある黒いスニーカーが良く見えなくて、はくのに少し時間がかかっちゃったけど。


 それは、アイちゃんも同じみたいで。


 でも、焦る必要はないよね。


 だってあとは、グラウンドつっきって金網よじ登って逃げるだけだもん。


 ――そして。


 予定通りに学校の敷地外に出た私達は――


 アイちゃんの家に向かって笑いながら走った。





 家庭の事情とかいうもので、アイちゃんの家には両親が居ない。


 他に、兄弟も居ないので……


 実質アイちゃんの一人暮らしってことになっちゃてる。


 一軒家に一人だけって寂しくないのかなって思うけど。


 アイちゃんいわく。


 毎日ケンカしてる両親を見るよりは何倍もマシだと言っていた。


 だから、というわけじゃないけど。


 私は、週に二回くらいのペースでアイちゃんの家に泊まりにきてたりする。


 結果的に、今回も、アイちゃんの家に泊まるって事で両親も特に何か言うわけでもなく許可してくれている。


 実に都合の良い場所だったりするのだ。


「さてと、お風呂の準備も出来たし。たまには一緒に入るかい?」


 なぜか、アイちゃんは私と一緒に入りたがる節がある。


 そりゃ小学生の頃は一緒に入ってはしゃいでたけど……


 中学生の後半になった頃から恥ずかしさが芽生えちゃって。


 今では別々に入るのが普通になっちゃてる。


 それでも、今日はもう遅いし。


 たまにならいいかなって気分にもなっちゃてるし。


「そうだね。たまには一緒に入ろっか」


 私が満面の笑みを向けると。


 アイちゃんは、少し驚いていた。


「ほ、本当に、良いんだね?」


「今日は、いっぱいお世話になっちゃったからね。こんな身体で良かったら堪能してよ」


「ありがとうユリ! 愛してる!」


 そう言って、アイちゃんは、抱き着いてきた。


 まったく、こんな小っちゃい体のどこが良いんだか。






 脱衣所で、服を脱いでる時からアイちゃんの目は、らんらんと光っていて……


 それは、まるで獲物を前にした猛禽類のようだった。


 中学時代、体育の授業で着替える時に視線を感じたこともあったけど。


 今は、明らかにそれ以上の何かを感じる。


 ――私、もしかして美味しく食べられちゃうのかな?


 つい、そんな事を考えてしまい。


 そして、それが、そんなに嫌じゃない自分に驚く。


 私が好きなのはトウヤちゃんのはすなのに……





 お風呂場に入って、シャワーを浴びてから身体を洗っていく。


 その間も背中に刺さる強い視線。


 本当に、いつ襲われてもおかしくない状況下では甘い香りがするはずのシャンプーやボディーソープの匂いを楽しんでる時間なんてなくて……


 気づいたら、そのまま湯船に入ろうとしちゃってて。


「ユリ。湯船に入る前には頭にタオルまかないと」


 すごく当たり前のことを言われちゃってました。


「あ、そうだよね。ゴメンねアイちゃん。久しぶりで緊張しちゃってて」


 そして、アイちゃんからタオルを受け取ってから、湯船に髪の毛が入らないように頭にタオルを巻きます。


「ふふふ。いいさ。緊張してるのはボクも同じだからね」


「そうなの? ぜんぜん、そんなふうに見えないけど」


「そうでもないさ。こうして一緒にお風呂に入るのは中学生の時以来だからね」


「修学旅行だっけ?」


 そう言いながら、湯船につかる私。


 アイちゃんは、シャワーを浴びながら話を続けます。


「そうだよ。あの時から比べるとずいぶん女の子らしくなったじゃないか」


「そうなのかな?」


「少なくとも、胸は育っているだろ」


「う~。私は、アイちゃんみたいに上に伸びたいよ~」


「いいじゃないか、可愛くて。実に羨ましいかぎりだよ」


「私は、アイちゃんみたいにかっこいいのがいい! 手も足もすらっとしてて長くって余分なお肉とかも付いてなくって、バスケ部とバレー部のダブルエースで、おまけに成績優秀。今年のバレンタインで何人の女の子泣かせたか覚えてる!?」


 アイちゃんは見とれるほど綺麗な白い肌を洗いながら答えます。


「そんなの覚えてるわけないだろ。ボクはユリからもらえればそれでじゅうぶんなんだから。それにそうなった原因の一つはユリにだってあるじゃないか」


「う……。だってアイちゃんが王子様役やるとこ見て見たかったんだもん」


「その結果が、あの大惨事。もう二度と演劇には、かかわりたくないと思ったよ」


「でも、かっこよかったなぁ。アイちゃんの王子様」


「ユリがお姫様になってくれるのなら、ボクはいつだって君だけの王子様を演じるさ」


 そう言って、動きやすさを重視したショートカットの銀髪を洗い始めるアイちゃん。


「また、そうやってからかう」


「からかってなんていないさ。ボクは、いつだって本気だよ」


 まったく、どこまでが本音なんだかわかったもんじゃない。

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