ワイは人魚が嫌いや
さいだーのめない
ワイは人魚が嫌いや
「あのな、相談があるんや」
ワイは
「何や、プロポーズか?」
「ちゃうわ。……実はワイ、人魚が怖いんや。」
「ほーん、意外やな。それで?」
「お化けならまだしも、人魚が怖いって、何かカッコつかんやろ?せやから、克服したいんや。何かええ方法あらへんか。」
「せやけどお前、ナメクジ
「いや、認識雑やわ!全然違うやろ!……けどせやな、飼うって発想は悪ないかもしらん。」
そういえば、今では可愛いナメクジも、飼う前はなんやネトネトして気色悪い生き物やと思っとった。
何かを怖い、嫌や思うんは、大抵その対象のことをよく知らんからや。ある程度分かったら、案外怖くなくなるもんや。多分。知らんけど。
「ワイ、人魚
「いやいや、人魚飼うっつったって、半分は魚やけど、半分は人間やで?下手に
「それもそうやな……。どっか無いんか。ほら、漫画でよく見る闇オークションみたいな。」
「あれはフィクションやから成り立つんや。リアルであるわけ……」
「心当たりあるわ……。ワイの実家、魚屋なんやけどな。たまにチラシが来るんや。オークションで、珍しい深海魚買いませんかってな。それがいかにも怪しくて、深海魚って
「ヤバいな、それ。
「せやな。次の日程分かったら連絡するわ。」
1週間後の土曜日、ワイと
地下への直通エレベーターはひと気の無い廊下の先の隠し扉の奥にあった。いかにも秘密らしい、闇オークションに相応しい感じや。ワイは軽く興奮しとった。
会場に入ると、見るからにセレブという感じの中年男女がひしめいとる。
華やかなドレスやタキシード、ゴツい腕時計やデカい宝石の付いた指輪、金のネックレスにワニ革のバッグ等々、煌びやかな服飾品の数々が視界をチラつく。どれもきっと目ン玉飛び出る程お高いんやろう。貧乏人のワイはよう落ち着かん。
椅子取りゲームのような混雑を制して何とかワイ達は席を確保した。こういうホール内の椅子といえばパイプ椅子かと思っとったが、これまた安物とは違う。材質は分からんが1人用のソファみたいな感じで、動かそうとするとクソ重い。
「ヤバない?クッションふっかふかや!」
思わず漏れたワイの感嘆を聞いたらしい、近くのオバハンがくすくすと失笑する。
そうこうしている内に、いよいよオークションが始まった。
ステージ上に大小様々な水槽が運び込まれ、司会者の男が声を張り上げる。
「シャケ!ウナギ!タコ!」
最初はなんや平凡な、寿司ネタみたいな魚ばかりや。
参加者達がこぞって手を挙げる。上げた指の本数で金額を示す、卸売市場のニュース映像で見たことあるようなやり方や。
三本指を上げたオッサンが落札者になった。
「300円?」
ワイは戸々谷に
「アホ。300万円や。」
「ひえー、何でこんな普通の魚がそないに高いねん。」
「分からん。魚はオマケで、麻薬とか銃とか、別のモン売っとるんちゃう?知らんけど。」
「ウニ!カニ!シャケ!」
「しくったなぁ。ワイ、5000円しか持ってへん。」
「それは舐めすぎやろ。」
「イシダイ!ハマチ!シャケ!」
「戸々谷はいくら持っとんの?」
「1000円。」
「少なっ!それで人魚買うつもりやったん?」
「お前もな。」
「シャケ!シャケ!シャケ!」
「サーモン!サーモン!サーモン!」
「リュウグウノツカイ!」
おおっ、と参加者達がどよめく。
「すげー、生きとんの初めて見たわ」
「ダイオウイカ!」
「でけー!こんなん誰が飼うんや」
ダイオウイカの買い手が決まり、水槽が下げられた後、司会者がウインクして両手を広げる。
ステージ奥の暗幕が天井へ引き上げられ、巨大水槽が姿を現す。
水槽内を悠々と泳いどるのはクジラや。
「マッコウクジラ!」
「うおおおお!!」
参加者達が歓声を上げる。
ワイは人魚を買うっちゅう当初の目的を忘れてクジラに見入っとった。隣の戸々谷も目ェ丸くしとる。
マッコウクジラの買い手が決まり、再びステージに暗幕が下ろされる。
「いよいよ最後の商品となりました!」
司会者が勿体ぶって言う。
ステージ中央に、高さ2mほどの箱状のものが運び込まれた。今までの水槽と違い、全体を黒い布で覆われとる。
「では、ご覧ください。……ナメクジ!」
司会者が勢いよく布をめくった。
それは檻に入れられた、一糸纏わぬ人魚やった。
フィクションでしか見たことない、ほんまもんの人魚が座っとった。
「な?言うたやろ。ほぼナメクジやって。」
戸々谷が囁く。
透き通った生っ白い肌に、ワカメみたいな深緑色の長い髪、バストはそこそこ。C後半からDくらいか。上半身だけ見れば美人の部類や。
但し、下半身はリアルに魚やった。輸送中に怪我したんやろか。キラキラ輝く鱗は所々剝がれ、あちこちに擦り傷があった。尾びれはボロボロに破れて痛々しい感じや。
「では、1000万から。」
ざわめく参加者達の間から、ぽつぽつと手が挙がり始める。
一際目つきの鋭いオッサンが手を挙げた。
「あ!」
戸々谷が声を上げる。
「あのオッサン知っとる!
「アイツに買われたら、あの人魚、無事では済まんやろなぁ。可哀想に。」
「では、7億5000万でよろしいでしょうか」
司会者が会場を見渡す。
ワイは戸々谷に目配せした。
「……やるか、盗塁。」
戸々谷が八重歯をむき出して微笑む。
「OK。任せろ」
戸々谷は突如立ち上がり、クソ重椅子をぶん回し始めた。オバハン達が悲鳴を上げて逃げ惑う。オッサン達が戸々谷を取り押さえようと飛びつくが、戸々谷は群衆の中を泳ぐような溺れるようなトンチキな動きで攻撃を
ワイはどさくさ紛れにステージへ走った。何が起きているのか分からず困惑している司会者の脇腹に、加速度つけた膝蹴りを叩き込む。
ぶっ倒れた司会者からジャケットを剥ぎ取り、ポケットを探る。あった。鍵や。
用済みのジャケットを投げ捨てようとして、思いとどまる。
ワイは人魚のいる檻に近付き、鍵を開けた。
「助けに、来てくれたの?」
潤んだ瞳でワイを見上げる人魚の胸をチラ見しつつ、迫真のキメ顔でジャケットを差し出す。
「せや。こんなしょーもないとこ居たらあかん。ワイと一緒にずらかろうや。」
助けに来たか言われるとよう分からんが、この際そういうことにしといたろ。
おもむろにジャケットを羽織る人魚。前の開いたジャケットから柔らかそうな肌が覗く光景は、正直全裸よりエロかった。魚の下半身を視界に入れなければ、だが。
ワイは人魚の右腕を掴んで引き起こした。
さあ、人魚ちゃん、ワイと共に逃げるんや。
ワイは人魚の手を取り、歩かせようとした。が、ずるっと人魚の足元が滑った。
いや、足なんか無いんや。忘れとった。人魚は尾びれで立とうとしたが、上手くいかずに滑り、ワイに引き摺られる形になる。その様子はどことなく、ナメクジを連想させた。しかし、ナメクジの最適化された無駄のない美しい滑り方とは
「あああ″ー!!」
ワイは仕方なく人魚を抱え上げた。見た目に反してドチャクソ重い。しかも魚の下半身がヌメヌメ滑って気色悪い上に持ちにくい。なんや微妙にピチピチ動いとるし。
早くも後悔しつつ、ここで降ろすとダサいので、涙目になりつつ人魚を運ぶ。オッサン達を全滅させた戸々谷も合流し、警告音が鳴り響く従業員用通路を進む。地図が無いので直感頼みや。
「戸々谷も持てよ!」
ワイは怪力の戸々谷に人魚を押し付けようとした。
「それやと恐怖症克服にならんやろ。」
戸々谷は澄ました顔で笑っとるだけや。なんやこいつ。
「この辺から出れるんちゃうか。」
戸々谷が当てずっぽうでドアを開ける。
でかした!地下駐車場や。
ワイ達は車両が来ないことを確認して、搬入車用入口から地上へ出た。
ホッとしたのも束の間、ワイは人魚の元気がないことに気付いた。ぐったりと
「病院や。人魚診れるとこってどこや。魚屋?獣医?闇医者?……ああもう、何でもええ!どっかないんか?!」
その時、人魚が口を開いた。
「海……。海へ行けば治るから……。」
「海?!海か?!」
ワイはちょうど通りかかったタクシーを呼び止め、乗り込むと同時に叫ぶ。
「海!ここから一番近くの海へ!!」
幸い、ホテルは淀川の河口近くに位置しとった。ちょっと行ったら我らの母なる大阪湾や。
タクシーを降りたワイ達はヨットハーバーから海へ突き出た桟橋を歩いた。
桟橋の先で、慎重に人魚を海へ降ろす。
ぽちゃん、と水音を立て、人魚は力なく海中へずり落ちた。
まさか、溺れ死んでしもたやろか、そう思う程に長い間合いの後、不意に人魚が浮上した。波間に晴れやかな顔を覗かせる。
人魚はワイ達にペコリとお辞儀した。ジャケットは脱いだらしい。裸の胸が眩しく、ワイは視線の遣り場に困る。
「危ない所を助けていただき、本当にありがとうございました。陸の世界にこんなに優しい方がいるなんて!この度は何とお礼をすればいいか……」
ワイは手を上げ、人魚の言葉を制した。
「お礼はええ。……ワイは人魚が嫌いや。とっとと帰れ。魚だけにな。」
「そんな……」
人魚は困惑の表情を浮かべた。
「アホ!すっとこどっこい!あんぽんたん!二度と来るんやない!!親戚一同にもそう伝えとけ!!」
人魚はさすがにむっとしたのか、「
せや。これでええ。人魚にとって陸は危険だらけや。近付かん方が幸せやろて。
ワイは大きく背伸びした。体の節々から変な音がする。明日は絶対筋肉痛や。
「ふー、やっぱ気分ええなぁ。人助けってのは。な、戸々谷。」
戸々谷はワイを見てニヤニヤ笑っとる。
「何が可笑しいんや。」
「いや、楽しんでもらえたようで何よりやで。」
「は?」
どういう意味や。
「面白かったやろ?ワイの海産物ショー。」
「戸々谷、お前何言っとるん?」
「言わんかったっけ?ワイの実家、魚屋やって。」
「ええ……?」
ワイは困惑した。
せやけど、改めて思い返すと戸々谷の言動には色々と引っかかる点があった。
シャケ一匹に300万円の値が付いても少しも驚かなかった戸々谷。これは、既にそういう世界があると知っていたからやないやろか。
さらに、不意打ちとはいえ、素人があんなに並み居る敵を吹っ飛ばしまくれるとは思えない。しかも、武術とは思えぬトンチキな動きで。あれはそう、
あのクソ重椅子は?それにしても、ワイが知っとるのは自分の椅子だけで、戸々谷の椅子の重さまで確認したわけやない。戸々谷の椅子だけぶん回しやすい、パイプ椅子程度の重さやったかも分からん。
ホテルの従業員用通路を逃げとった時、普通はすぐに来そうな追手が現れなかったのは?戸々谷が開けたドアが偶然出口に通じとったのも、ラッキーや思たけど、そうやないとしたら?
大体、怪しい深海魚オークションがあると言い出したのは戸々谷や。思えばずっと、戸々谷主導で物事が進んどった気がする。
「せや。全部、ワイが仕組んだんや。お前の人魚恐怖症克服のためにな。」
ぞっと背筋が冷えるのを感じる。
何かを怖い、嫌や思うんは、大抵その対象のことをよく知らんからや。ある程度分かったら、案外怖くなくなるもんや。そう、思っとった。今までは。
やけど、この世には逆に知れば知るほど怖いものもあるかもしらん。少なくともワイは今、人魚よりも目の前の、見慣れた友人なはずの男が怖い。
「なーんてな。」
戸々谷は悪戯っぽく笑った。
「どや、そろそろワイにプロポーズする気になったか?」
「アホ。死んでもするか。気色悪い。」
ワイは
戸々谷はただ、ニヤニヤ笑っとるばかりや。
ワイは人魚が嫌いや さいだーのめない @kyugata03
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