異世界からの帰還は一つのお別れでもあった。

出来立てホヤホヤの鯛焼き

またね、異世界で得たかけがえのない仲間達。




 僕は明日、この世界――異世界から元いた世界へと帰る。僕は、だった。

 転移の方法は、勇者召喚とか、そんな大層なものではない。いつの間にか転移してしまった系である。


 転移してから五年の月日が経っている。そして今日、ようやく……ようやく元の世界へと帰還できる魔法導具をダンジョンの探索で発見した。


 ずうっと探し求めていた物だ。元の世界へ、家族の元へと帰りたいと心から願う毎日だった。帰還を諦めきれず、現地で三人の仲間達と未知なる魔法導具があるダンジョンを探し続けた。


 魔法導具を手に入れた晩、すぐには試さずに一度、宿へと僕達は戻った。

 手に入った時、まるで夢の出来事のようで、頭の中が整理出来ず、喜びのままに仲間達と騒ぎ疲れたのだ。


 月明かりが窓から差し込む宿の部屋は静寂に包まれていた。部屋の隅に置かれた小さなランプが弱々しい光を放ち、その光が木製の家具や古びた床板に影を落としている。ベッドの上で、僕は横になりながらも眠ることができずに、ただ天井を見つめていた。

 

 部屋にある鏡を見ると、額には汗が滲み、眼には深い苦悩が宿っていた。何度もその決断について考え直そうとするものの、頭の中では矛盾した思考が絡み合い、一つの結論へと向かうことを拒んでいる。薄い毛布を握りしめるその手は微かに震えている。

  

 机の上にある件の魔法導具をじっと僕は見つめた。

 一度、興奮から落ち着いて、僕はようやく気付いたのだ。

 

 僕は元の世界に戻り、家族と再会したかった。な人達との再会を願ったのだ。


 ただ……五年もの間、異世界にいた僕は、同時にこの世界に愛着を持ってしまっていた。 

 

――それは再会と同時に、また一つのお別れを意味しているのだということに今更ながらに気付いた。

 

 武道家のジーク。

 魔法使いのイーニッド。

 回復術士のオリビア。

  

 彼等は僕の異世界での五年間で得た、仲間だった。友達、親友、それらを越える、仲間。帰還の為に危険なダンジョンを巡り、貴重なお宝を探すを選んだ僕は、彼等と幾度となく、生死を掛けた戦いを潜り抜けた。

 

「どうするべきなんだ……」僕は静かに呟いた。

 その声は、まるで誰かに助けを求めているかのようなかすかな響きで部屋に消えていく。しかし、仲間に相談する訳にもいかない。これは僕が決めなければいけないことだ。

 他人のせいにしてはいけない、自分自身と向き合い、全てを決める責任が僕になければならない。


「心が苦しい」僕は考え尽くした。それでも、この決断が持つ未来への影響が、最後の一歩を踏み出すことを躊躇わせていた。


 共に過ごした日々が次々と頭の中を駆け巡る。笑い合った瞬間、支え合った戦場、互いに肩を預けて困難を乗り越えた無数の記憶。それらが心をさらに締め付ける。過去の一コマ一コマが鮮明に蘇るたびに、別れの現実が一層突き刺さるようだった。 

 夜が更けていく。何時間経っただろうか。

 僕はゆっくりと深呼吸をした。そして、何かに導かれるように目を閉じ、数分間じっとしていた。長い迷いの末に、ついに心の中で答えを見つけたのだ。


 



 

 僕は朝、考え抜いた答えを仲間達に伝えた。


 仲間達は「そうか……いつかこの日が来るとは思っていたんだ」と悲しそうに笑い、「おめでとう」と祝福してくれた。


 それからは、お世話になった人にお別れを告げに、僕は奔走し、全てが終わった頃には日は暮れていた。 

 夕暮れが草原を赤く染める中、一筋の風が静かに草を撫でていた。その中心で僕と仲間達が向かい合って立っていた。

 

 ただ深い静寂が流れている。しかし、その静けさの中においても、僕達の間には互いの全てを理解する絆がはっきりと存在していた。


 異世界――別の次元のどこかの世界。過去に行くことの出来るタイムマシンでさえ作れない技術力の元の世界では、再び行く当てはない。

 

「じゃあ、使うね」

 

 僕は魔法導具を操作し始めた。仲間達の瞳に涙が浮かんでいる。僕も大粒の涙が今になって出てきた。

 

 この五年間はまさしく奇跡の出会いだった。本来交わる筈のない、別世界にいる僕達の冒険は今日、終わる。


 泣いて、一人一人と抱き締め合い。


「ジーク。イーニッド。オリビア。

、僕の……大好きな仲間達!!」 


 あえて、と僕は言った。

 元の世界に帰ってから、僕は後悔するのだろう。どちらが正しい選択なのか、僕には分からない。どちらも同じくらい大切だった。

 ただ……家族といた年数の方が長かったからか、それとも思い出補正なのかもしれないが。僕は選んだ。元の世界を。


 最後に、仲間達の「ああ!! またいつか!!」という返事が風に溶け、大地に吸い込まれていった。

 あぁ……お別れだ。今生のお別れだ。 

 もう、会うことはないだろう。

 

 それでも――。それでもね――。

 僕はつい口を開いて叫んでいた。聞こえていないかもしれない。それでも、思いの丈を叫んだ。

 

――いつかまた出会えたのなら、また一緒に冒険しよう。


 

 

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異世界からの帰還は一つのお別れでもあった。 出来立てホヤホヤの鯛焼き @20232023

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