第9話 夕夏
海斗は夕夏の後ろをついて行きながら、様々な場所を案内してもらった。最初、子どものような拗ね方をする夕夏を見て心配気味な海斗であったが、道案内をされていくうちに、かなり頼りになるお姉さんだと気づいた。
車が来るとその都度注意してくれる、海斗が気になった場所を彼女に質問をすれば、全て返ってくる。
「夕夏さんって、何でも知ってるんですね」
「あったりまえよ! わたしはここで生まれてから25年間ずっと暮らしているんだから」
「なるほど、そうだったんですね。流石です」
「ふふーん! もっと褒めたって良いのよ?」
「――――さすが夕夏お姉さん! 頼りになる! あなたはこの地域のことを何でも知っている町長さんですね!」
「ま、まあわたしはずっとここに住んでいるわけだし? この地域のことを全部知ってて当たり前よ!」
(この人ちょろい人だな)
褒めに褒められて調子に乗り始める夕夏に、海斗はジト目で見ながらそう思った。
しかし、彼女の案内のお陰で海浜町のことを概ね理解できたことも事実。結局は感謝するのであった。
「――――っと、案内は大体こんな感じね」
全ての案内が終わり、もとの場所に戻ってきた2人。到着したところで、夕夏はくるっと海斗に体を向けた。
「はい、ありがとうございました。お陰でだいたいの場所は覚えられそうです」
「そう、それは良かった。ま、わたしはしょっちゅうこうして散歩してるわけだし、神田商店にも毎日顔を出してるから、また近頃会えるわね。もし、また分からないことがあったら遠慮なく言ってちょうだい」
「はい! ありがとうございます!」
海斗は夕夏に向かって、改めて深々とお辞儀をした。
「それじゃあ、またね。また明日会いましょ」
「はい、さようなら」
夕夏は小さく手を振って、また反対方向へと歩いて行った。海斗も小さく手を振りながら、彼女を見送った。
「――――気づいたら日が落ちてきたな」
家から出発した時は、太陽は一番高いところにあった。しかし、夕夏を見送り終わって空を仰ぎ見れば、西に向かって降り始めていた。
想像以上に時間が過ぎていたことに気づいた海斗は、急ぎ足で自宅に戻った。もしかしたら、海佳が心配しているかもしれないと思ったからである。
周りの景色は、先程よりも早く流れていく。しかし、案内をしてもらったお陰で、出発した時とはまた違う景色が見えた気がした。
その景色が、彼にとっては新鮮で楽しいと思った。
◇◇◇
「ただいま」
「あら、随分と長かったわね」
「あれ? 今何時?」
「今? 今は(午後)3時25分」
「――――それは長いな」
「そうね、だいぶ長い間外にいたみたいね」
あまりの時の流れの速さに驚く海斗。
しかし、夕夏にあれほど案内をしてもらったのだから、そのくらい時間が過ぎてしまっても納得できるのであった。
「飲み物持ってくるわね」
そう言って、海佳は冷蔵庫へ向かって行った。
エアコンの冷風が、外気温と太陽光で暑くなった海斗の体を冷やしてくれる。それは癒しになった。
「はい、スポーツドリンク」
「ありがとう」
ガラスコップに、ひたひたに入ったスポーツドリンクを持ってきた海佳。海斗はそれを受け取ると、すぐにそれを飲み始める。
冷蔵庫でキンキンに冷えたスポーツドリンクは、海斗の喉元を通ってさらに体を冷やしてくれた。それに加えて、乾いていた喉も潤す。
「うめぇ〜」
「長い時間暑いところにいるからよ。ちゃんと水筒の水は飲んだ?」
「ああ、飲んでたよ。でもすぐに空なっちゃってさ」
「自販機なかったの?」
「道中探してはいたんだけど、運悪くなかったんだよな……」
「そうなのね。じゃあ今度はもう一つ持っていくと良いかもしれないわね」
「そうだな」
冷えたスポーツドリンクは、海斗の体を冷やし、すぐにいつもの体温に戻った。あまりにも涼しいと感じたエアコンが効いた部屋の中も、気づけばちょうど良い体感温度になっていた。
「どこか行ってたの?」
スポーツドリンクをもう一杯おかわりして、飲み干したのを見た海佳は海斗にそう問いかけた。海斗はテーブルにコップを置いてコンッと少しだけ音を鳴らすと、彼女の問いに答えた。
「まだこの街に来たばっかりだから、色々回って何があるか把握したかったつもりだったんだけど、途中女の人とぶつかっちゃって……。で、色々話して町を案内してもらったんだ。それで気づいたらこの時間になった」
「――――え、ちょっと待って海斗」
「ん?」
「知らない女の人とぶつかったんだよね?」
「ああ」
「で? その後色々お話したんだよね?」
「ああ」
「そしてその流れで街案内をしてもらったと……」
「ああ」
「――――なんでそういうことになるの?」
「さあ?」
親戚でもない本当の意味での初対面の人で、何故一瞬で親しい仲になるのかが分からず困惑する海佳。
しかし、海斗自身は特に違和感もなく普通に夕夏と接していた。海佳の言う通り、今考えると初対面なのに最初からこんなに話すことが出来たのか疑問だった。
「でもあれだ、その人はこの店の常連客らしいから会えると思うよ」
「はあ……まあうちの店の常連客だから良かったけど、それで変なことに巻き込まれたら洒落にならないからね? 気をつけなさいよ」
「――――分かった」
とは答えつつも、果たしてこの小さな町でそんなに怪しい人などいるのだろうか。海斗は心の中でそう思った。
◇◇◇
その日の夜、また夢を見た。
顔が見えない少女が、自分の名前を呼ぶ。
『海斗くん、海斗くん』
自分が気づくまで、何度も呼ぶ。
声が幼い感じがする。これは曖昧な幼い頃の記憶の一部だろうか。
『あ、やっと気づいた! も〜、何度も呼んでも気がつかないから寝ちゃってるかと思ったよ〜』
ごめんごめん、ちょっと寝ちゃってた。それで、今日はどうしたの?
『今日はねぇ……遊ぶ!』
それは昨日もやったよ。
『違うの! 昨日は昨日、今日は今日!』
ったく、しょうがないなぁ。分かったよ、遊んであげるからそこで駄々こねない! ほら、行こう。
『うん!』
夏の汐音 〜Sound of Ocean〜 うまチャン @issu18
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