第3話 海賊王の伝説
海賊王ゴールデンハンド。今から二、三百年ほど前に活躍した大海賊だ。
活躍、というのは語弊があるかもしれない。彼がしたことといえば、沿岸の街や商船に対する略奪であり、とんでもない悪党だったのだから。
だが、ゴールデンハンドに対する人気は昔から高い。海賊王に関する詩が無数に遺されていて、そのうちのいくつかは今でも吟遊詩人たちの十八番として歌われているし、ゴールデンハンドのことを専門に研究している歴史学者もいるほどだ。
人気の理由は、海賊王として歴史に少なくない影響を与えたにも関わらず、今だに多くの謎に包まれていることだろう。
まず、彼がいつどこで産まれたのか正確にはわかっていない。漁師の息子として生まれたという説や、とある大貴族の隠し子だったという説もあれば、人間と人魚のハーフだったなんて奇説もあるくらいだ。
ゴールデンハンドが海賊を始めたのは二十歳くらいの頃だと言われていて、その後彼の一派は急拡大し、たった数年で数百人の部下を従える大海賊に成り上がったという。どうしてこのような急成長を遂げたのか? についても彼にまつわる謎の一つだ。これに関しては、ゴールデンハンドは相当な人たらしだったらしく、ある商人がゴールデンハンド海賊団を討伐するため多額の資金を投じて傭兵団を派遣したが、彼ら全員寝返ってゴールデンハンドの部下になってしまった、という話が遺されている。
海を領土とし、海辺に住む人々や海上貿易で利益を上げる商人や貴族たちを恐怖で震え上がらせたゴールデンハンドは、いつしか海賊王と呼ばれるようになった。
しかし、その栄光も長くは続かなかった。
大陸中の国々が本格的に対ゴールデンハンドのために動き始めたからだ。それまで何かと理由をつけて争いを続けてきた国々がゴールデンハンド討伐のために握手を交わした。海賊王の存在が歴史を動かした瞬間である。
連合軍の攻勢に対してゴールデンハンド率いる海賊団は激しく抵抗したが、数で劣るゴールデンハンドに勝ち目はなかった。やがて捕えられると、公開広場にて、海賊団によって没落させられた商人や貴族たちの歓声の中、断頭台の露に消えたのだった。
激動の人生を歩み歴史に大きな影響を与えゴールデンハンドは、今なお歴史学者や吟遊詩人たちを夢中にしているが、海賊王の虜となったのは彼らだけではない。
トレジャーハンターも含まれている。
ゴールデンハンドが活動していたたった五、六年の間に集められた財宝は小国の国家予算を匹敵するものだと言われている。そして、その財宝はゴールデンハンドが捕えられた後、貴族や商人たちがこぞって探索したが、未だ発見されていない。
……などという話を、ケイトはジョッキ片手にスレインに向かって熱弁していた。
ここはプローダの街の一角にある大衆酒場、船旅を終えて陸へ戻ってきたであろう船乗りたちや、仕事終わりの男女グループが、方々で上司への愚痴やら噂話をしていて大変騒がしい。難しい歴史のうんちくを拝聴するには不釣り合いな場所に思えた。
新鮮な生牡蠣を食べながら、スレインは言った。
「俺は歴史の話じゃなくて仕事の話を聞きにきたんだが……」
「これまでの話はあくまで前座、重要なのはこれからだから」
「そうか、だったら早くしてくれ」
と言って、スレインは酒をあおった。
「まったく、ロマンのない人ね」
「もう、そういうものを求める歳でもないからな。語りたかったら、同業者か歴史学者とでもやってくれ」
「歴史学者?」ケイトの眉間に大きな皺が寄った。「誰があんな奴らと」
おおっと、ドラゴンの尻尾を踏んでしまったかと、スレインは口をつぐんだ。
トレジャーハンターもその仕事の性格上、歴史に対する深い知識が求められ、歴史学者に相通じるものがあるはずだ。しかし、彼女は歴史学者たちを毛嫌いしていた。ケイト曰く、歴史学者どもは己の出世のためだけにカビ臭い知識を漁る陰険野郎どもらしい。それに対してトレジャーハンターは夢とロマンに突き動かされた純粋な存在だと。そんなものなのか? とスレインは首を傾げたが、それを言っても不毛な議論が続きそうだったから口に出さずにいた。
「まあとにかく……」ケイトは続けた。「ゴールデンハンドの宝はまた見つかってなくて、全トレジャーハンターたちにとって垂涎の的ってこと」
「そこまではわかった。だがそれと、ハント商会の船と何の関係がある?」
ケイトは頭を振った。「鈍いなあ。ここまで話せば誰だってわかるでしょ。あの船がゴールデンハンドの宝を探しに行く探査船なの」
「はっ?」スレインの脳裏に複数の?マークが浮かんだ。「ハント商会がゴールデンハンドの宝を探しに行くのか?」
「人の話聞いてた?」
「ちょっと待て、少し整理させてくれ……。さっき海賊王の財宝はどこにあるかわからないって言ったたよな」
「……少し前まではね」
「えっ?」
スレインは背筋にぞくりと寒気を感じた。これからとんでもない話を聞かされるのではないか、という予感がしたのだ。
「一年ほど前、ウィルソンという学者が海賊王が財宝を隠した島の場所を特定したの」
「マジか……って、一年前? だったらもう、大勢の学者やらトレジャーハンターがその島に押し寄せて、宝を見つけてるんじゃないのか?」
「普通はね、でも今回は違う。ウィルソンの研究を支援したのがジェラルド・ハントだから」
ジェラルド・ハント、その名前はスレインもよく知っている、ハント商会の会長だ。少しずつ話がつながりつつあった。
ケイトは続けた。「ジェラルドはトレジャーハンターの業界でも有名な遺物コレクターよ。その彼がウィルソンの研究を支援していた。どういう意味だかわかる?」
「……ゴールデンハンドの宝は俺のものだ、ってことか」
ケイトはうなずいた。
大富豪にして当代随一の蒐集家であるジェラルドに逆らって、抜け駆けなどしようものなら、そいつのキャリアは絶たれたも同然、というわけだ。
「財宝の島の場所が公表されたあと、ジェラルドは万全の準備を整えて、いよいよ財宝探しに出発しようとしているわけ」
「それがあの船か……」
スレインは港に浮かぶ砦のような大船を思い出した。あれだけの大きさならば、どんな財宝でも持ち帰れそうだ。
「そしてここからが本題」ケイトは声をひそめた。「船は明日出航するんだけど……あたしを手伝わない?」
「手伝う……? ああ、さっき、ケイトもあの船に乗るって言っていたな」
「ええ」ケイトはスレインから視線を逸らした。「向こうも優秀なトレジャーハンターの力を借りたいのよ」
「そうか……立派になったもんだ」
スレインは素直に感心した。ケイトのことは彼女がトレジャーハンターを始めた頃から知っているが、昔は何度も失敗して、猛吹雪の中で遭難しかけたり、ウェアウルフの群れに食い殺されかけたりしたものだ。そして、スレイン自身も彼女の護衛として同行して酷い目にあった……。しかし今では海賊王の財宝探査という大事業に携われるほどに成長したというわけだ。
「目指す島は長らく無人島で、何があるかわからない危険な場所だから、護衛として一緒に来てくれないかと思って」
財宝探しの護衛……確かに一稼ぎできそうな依頼だ。
スレインは残った酒を飲み干すと、ケイトに向かっておもむろに言った。
「……それで、報酬は?」
ケイトは唇をへの字に曲げた。「うわっ、現金な人。お金のことばっかり考えて、それでもあなた貴族なの?」
「元だ」
スレインは訂正した。今でこそ傭兵という仕事をしているが、両親は最底辺といえども一応は貴族階級で、スレインもかつては貴族としての教育を受け、王侯貴族の子弟のみが通える士官学校を卒業している。
「俺もプロだ。それなりのものを要求するのは当然だろ」
「まあそうだけど……。わかった、見つけた財宝七対三ってのはどう?」
「俺が七ってことか?」
「へえ、スレインもたまには冗談を言うんだ」
ケイトは真顔で答えた。
「ま、まあな……」
と、返したが、実は冗談でもなかった。スレインは今まとまった金が必要だったからだ。
堅実な性格だったスレインの両親は少ない収入をうまくやりくりしてそれなりの資産を蓄えていた。しかし、同時に人の良い両親は腹黒い親戚たちにまんまと騙され、貴族の称号と財産の大半を失い、失意の中で死去。スレインに遺されたのは、先祖代々伝わるという一振りの黒剣と多大な借金だった。今は傭兵の仕事でかろうじて利息とわずかな元本を返済できている状況だが、最近は色々立て込んでいて支払いが滞っていた。これ以上延滞すると、かつて貴族だった証であり先祖代々の宝であり、そして商売道具である剣すら差し押さえられ、首を吊るしかなくなってしまう。
もちろんこんな事情をケイトに話すわけにはいかない。そんなことをすれば、彼女に足元を見られるのは明白だからだ。
「しかし……」スレインは言った。「その契約だと、もし財宝が見つからなかったら、報酬はゼロってことか?」
すると、ケイトは自信に満ちた表情を浮かべた。
「大丈夫、絶対見つかるから」
「……その根拠は?」
「まず、ウィルソンの研究によると、海賊王の島自体はそれほど大きくはないらしい」
「なるほど……」
確かに一つの根拠だ。それに今回の発掘の発起人は、大富豪ジェラルド・ハントであり、その気になれば人海戦術で、島中しらみ潰しに掘り起こすなんてことも不可能ではないだろう。
しかし、島が広くはないとはいえ相当な時間はかかるだろう。スレインとしてそんなに待ってはいられない。
「他には?」
スレインはさらなる確証を求めた。
「えっ? 他?」
ケイトは目を大きく開くと、パチパチと何度か瞬きをした。
「さっき、まずって言っただろ。ってことは他にも宝が見つかるって根拠があるんじゃないのか?」
「えっと……」
ケイトはすでに空になっていたジョッキに口をつけた後、突然、自身の胸元をポンッと手で叩いてみせた。
「このあたし、ケイト・イマーシがいる」
「……」
ここは突っ込みを入れるところだろうか? とスレインが返す言葉を考えていると、ケイトは続けて言った。
「あたしがこれまで狙った獲物を取り損ねたことがある?」
「それは……」
スレインはこれまでに受けた彼女の依頼を思い出した。確かに何度も死にそうな目には遭ったが、彼女の機転や幸運、そしてなにより決して諦めないという強い意志によって、最後には必ず目的を果たしていた。
「……わかった」スレインは背筋を伸ばした。「その依頼、引き受ける」
「さすがスレイン!」ケイトはテーブルに身を乗り出すと、スレインの両手を握った。「今からあたしたちは一心同体。一緒にお宝を手に入れて、大金持ちになりましょ!」
「そうだな、だから……」スレインは硬い表情で言った。「取り分、せめて六対四にしないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます